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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

古代アンデスの宗教

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2017年4月23日 (日)

インカの宗教から転送)
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目次

概要

古代中南米の宗教

アンデス文明の宗教。インカ帝国の宗教。

一覧


ミト期

  • コトシュ神殿 チャビン文化を遡る、何層にも重なった神殿遺跡。日本の調査団が発掘。

チャビン文化(-前500)

開花期

モチーカ文明(前300-紀元500、北部)

神殿はピラミッド状の建物の上に建てられた。二つ1組とすることも多かった。中空のピラミッドも築かれた(中空の底部に神殿があったと推定される)。このピラミッド状建造物は現在、ワカもしくはヘンチーレスと呼ばれる。住居跡のある遺跡では必ずワカが発見されている。ワカの中やその付近では、ヤーマや人骨が見つかり、供儀が行われていたという。

  • パンパグランデのワカ
  • 太陽のワカ ツルヒーヨ近郊にある。高さ23mで、228m×138mの基底を持つ海岸地区では最大規模のワカ。1億3000万個のレンガが使われたという。
  • 月のワカ 太陽のワカと1組。80m×60mの基底で、高さ21mと太陽のワカより小さい。頂上には数室の神殿の跡がある。

パラカス・ナスカ文明(前300-南部)

ナスカ文化では、権力の集中はなく、大規模な神殿やピラミッドは作られなかった。祖先崇拝が行なわれた。色彩豊かな土器が作られた。

  • パラカスネクロポリス 大規模な墳墓群。アンデス地域で同様のものはないという。一つの墓から100体以上のミイラが発見され、多いものでは429体に及んだという。
  • 木のストーンヘンジ カワチにある遺跡。ラ・エスタケリーア。ワランゴとアルガローボの幹が列をなして立てられている。目的は不明。記録もない。
  • ナスカの地上絵
  • アサバの地上絵 アサバはナスカの600km南にあり、ナスカとは文化的背景が全く異なるが、同様の絵がある。

ティアワナコ文明(紀元0-1000、チチカカ湖)

  • チチカカ湖 高原地帯(プーナ)で最大の湖。標高3800m。
  • ティアワナコ神殿 長さ1000m、幅450mに及ぶ大規模な遺跡群。石造建築には優れた浮彫がある。巡礼地。
  • ワリ神殿 ワリの遺跡のほとんどは住居で、神殿都市とは言えない。ただ神殿の石は磨かれており、住居の石材とは異なる。
  • パチャカマ神殿 パチャカマはティアワナコ文化の拠点となった都市。
  • ウィルカワイン神殿 構造は1500年以上前に建てられたチャビンデワンタル神殿に似ているが、ティアワナコ文化の影響を受けている。
  • ピキリャクタ ワリに匹敵する遺跡。
  • プカラ

大都市形成期

チムー王国(1000?-1450)

  • チャンチャン 首都。18km四方に及ぶ大規模な都市遺跡。
  • エルプルガトリオ
  • パカトナムー

クイスマンク王国

リマック河谷のカハマルキーヤが首都であったと推定される。王の名などは記録にない。チャンカイ文化、パチャカマ文化、リマ文化の三つの地域に分かれていた。

  • リマ文化
    • カハマルキーヤ 帝国最大の都市で、首都と推定される。泥の神殿がある。スペイン侵略以前の早くに廃絶。廃墟となった後のものを除いて、墓が全くないという。記録は一切ない。
  • チャンカイ文化
    • ベスキーヨ神殿 チャンカイ文化で唯一明らかな神殿遺跡。
    • セロツルニダ
    • バーニョデボサ
  • パチャカマ文化
    • パチャカマ神殿 パチャカマはスペイン侵略まで栄えた神殿都市。「パチャカマ」とは「天地の創造者」を意味する。インカ帝国時代にも各地から人々が訪れた巡礼地だった。神殿はピラミッドの上にあり、金銀の像があった。インカ帝国は信仰はそのまま認めたが、インカの太陽の神殿と月の神殿を造った。1533年、スペイン人が金銀を奪い、火を放ち廃墟となった。


チゥキマンク王国

不詳。マラ、チルカ、カニエテの三つの河谷を治めたという。

チンチャ王国

チンチャ王国はナスカ文化の継承者。チンチャ、ビスコ、イカ、ナスカの四つの河谷を治めた。

インカ時代(1200-1532)

インカ帝国

チャンカ王国

インカ帝国と対立した国

参考文献

  • 泉靖一、1959『インカ帝国』岩波新書

など

http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%AE%97%E6%95%99」より作成

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