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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

上社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2016年9月22日 (木)

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上社
かみ の やしろ
概要 神宮所管神社旧跡に鎮座する神社。山田の産土神社の一つ。
奉斎 久久能智神、大山祇神、埴安神、宇迦之御魂神など
所在地 三重県伊勢市辻久留1-13-6
所在地(旧国郡) 伊勢国度会郡
所属(現在) 神社本庁
格式など 村社
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目次

概要

上社(かみのやしろ)は、三重県伊勢市辻久留にある、外宮摂社志等美神社の跡地に祀られた神社。祭神は「久久能智神、大山祇神、埴安神、宇迦之御魂神」などである。


元来は、外宮摂社志等美神社の鎮座地であったと考えられており、のち荒廃してその跡地に牛頭天王などが祀られたものと言われている。かつては「二俣社」「二俣八王子社」「牛頭社」などと呼ばれていた。また境内社の並社、山神社(現在、本社に合祀)の跡地がそれぞれ、外宮末社打懸神社、外宮摂社大河内神社の跡地と言われる。

明治3年11月、仏号禁止のため「上の社」と改称。明治4年11月2日、いったん郷社となったが、明治5年10月、村社に格下げされた。明治39年神饌幣帛料供進神社に指定された。明治42年、境内社3社と近隣の神社10社を合祀した。

祭神については、既述の通り、もとは牛頭天王だったようだが、この地が外宮摂社志等美神社の跡地だと考証されたことに基づいて、志等美神社祭神の久久能智神などに変更されたものと思われる。 また祭神のうち、大山祇神が、合祀された境内社山神社の祭神で、大河内神社の祭神にあたると思われるが、境内社並社祭神の埴安神が打懸神社祭神と関連付けられているのかはよく分からない。なお宇迦之御魂神は、合祀された境内社稲荷社の祭神。

外宮摂社志等美神社、外宮末社打懸神社、外宮摂社大河内神社は寛文3年に岩戸山に復興されたが、元禄6年に別地に遷座。さらに明治以後の考証でこの地が旧地とされたことから、当社境内の入口付近に遷座した。

画像


参考文献

  • 『宇治山田市史』


脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E4%B8%8A%E7%A4%BE」より作成

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