ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

下野・専修寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2020年11月8日 (日)

移動: 案内, 検索
本寺専修寺(国土地理院空中写真より)

専修寺(せんじゅじ)は、栃木県真岡市高田(下野国芳賀郡)にある善光寺信仰浄土真宗寺院。親鸞の創建とされる。本山である伊勢専修寺の旧地。真宗高田派の「本寺」とされ、本山住職が兼務する。境内に親鸞の墓がある。近くに発祥地の三谷の草庵がある。山号は高田山。

目次

歴史

本寺専修寺周辺(国土地理院空中写真より)

伽藍

本寺専修寺と三谷の草庵(国土地理院空中写真より)
  • 如来堂:専修寺の本堂。本尊は天拝一光三尊仏(善光寺如来)。同じ様式の御前立もある。堂宇は東面し、1701年(元禄14年)の再建と伝える。元は茅葺だったが現在は銅板葺。
  • 御影堂:本尊は親鸞。右脇壇に真仏、左脇壇に顕智を祀る。また歴代住職の御影を祀る。親鸞像は像高84cmの木像で「等身の御影」と呼ばれる。1638年(寛永15年)に伊勢専修寺から移されたものという。真仏像は74.6cmの木像で1480年(文明12年)の銘がある。顕智像は像高75.6cmの木像で、姿を消した1310年(延慶3年)7月4日の51日目にあたる1310年(延慶3年)8月24日の銘があり、仏師は円慶で、寿像として生前から造立中だった可能性がある。堂宇は南面し、1743年(寛保3年)頃の再建。1985年(昭和60年)からの修復で茅葺きに復元された。開山堂とも。
  • 太子堂:本尊は聖徳太子。聖徳太子像は14世紀作とみられる南無仏太子。元は300m南にあったが江戸時代初期に現在地に移されたという。
  • 内仏:本尊は阿弥陀如来。説法身の立像。鎌倉時代後期の作とみられる。
  • 涅槃堂:本尊は釈迦如来。幅3mの大型の涅槃仏で1703年(元禄16年)頃の造立。2000年(平成12年)建立。
  • 般舟石:北東200mのところにある大きな平石。1225年(嘉禄1年)親鸞が明星天子から専修寺創建の霊告を受けた場所。毎年1月8日に発祥会が行われる。
  • 姥ケ池:北400mにある。鹿島明神が親鸞に献上した井泉。
  • 御廟:境内の南西にある。親鸞の遺歯9粒を埋葬したという。歴代法主の塔も並ぶ。
  • 三谷の草庵
  • 山門:如来堂の正面にある。楼門。元禄時代の造営。舜仁法親王(公猷法親王)筆「高田山」の額がある。
  • 茶所:
  • 鐘楼:1849年(嘉永2年)再建。梵鐘は江戸時代前期の作。
  • 鼓楼:1846年(弘化3年)再建。太鼓は1842年(天保13年)の寄進。
  • 白鷺池:
  • 総門:
  • 長屋門:
  • 御成門:
  • 対面所
  • 寺務所
  • 書院
  • 御殿
  • 三宮神社:専修寺の鎮守。親鸞に専修寺を建てるように夢告を下した明星天子を祀る。江戸時代には柳植神社と呼ばれた。

子院

4カ寺が専修寺の門前にある。『真宗名所図会』に「山内」として挙げられる。現在は独立寺院と思われる。

  • 泰澄寺:栃木県真岡市高田。東本願寺末に転属。真宗大谷派を経て現在は浄土真宗東本願寺派という。
  • 覚心寺:栃木県真岡市高田。1235年(嘉禎1年)8月が創建。真仏の家士の椎名春時の家臣の但馬国行が親鸞の弟子となり高田覚心房と称した。慶順が中興。
  • 寿松寺:栃木県真岡市高田。1237年(嘉禎3年)3月、真仏門下の大内順智が創建。哲道が中興。
  • 遍照寺:栃木県真岡市高田。1271年(文永8年)8月、教道が創建。専光が中興。
  • 正因寺:三谷の草庵の寺号。

組織

住職は本山専修寺の住職が兼務する。専修寺#組織を参照。寺務の責任者としては輪番が置かれている。江戸時代には代官として坊官の長岡家がいたらしい。

資料

専修寺#資料も参照。

古典籍・史料など

  • 下野専修寺文書
  • 「大祖聖人御絵伝図説」
  • 「一光三尊仏実測記録」
  • 「三尊仏拝礼縁起写」
  • 「下野国高田山一光三尊仏縁起」
  • 「一光三尊仏霊験記」
  • 「高田如来霊験記」
  • 「御披露御宝物略縁起」
  • 「開帳参詣群衆図」:唯念寺
  • 「高田親鸞聖人絵伝撮要抄」
  • 「高田三祖伝」
  • 「高田三祖伝集成記」
  • 「親鸞聖人御遺骨包裂・包紙」
  • 「一光三尊仏絵伝」
  • 「高田山如来伝図解」
  • 「野州如来伝図解」

調査報告

  • 栃木県二宮町高田山専修寺整備委員会1973『史跡高田山専修寺整備工事報告書』
  • 文化財建造物保存技術協会編専修寺2006『史跡専修寺境内三谷草庵(庫裏)保存修理工事報告書』
  • 文化財建造物保存技術協会2014『史跡専修寺境内三谷草庵(仏堂・廊下)保存修理工事報告書』

文献

  • 石倉重継1900『真宗名所図会』「下野高田山名所図会」[1]
  • 1934『栃木県史4寺院編』「専修寺」[2]
  • 本寺専修寺1936『下野国高田山御本尊三尊仏略縁起』
  • 本寺専修寺1970『下野高田山専修寺』
  • 平松令三1964「高田の歴史ガイド(1)高田建立と一光三尊仏」『高田学報』51
  • 嶋口儀秋1972「善光寺信仰と真宗高田派の関係」『印度学仏教学研究』20-2
  • 久野俊彦1983「下野高田山専修寺の開帳と絵解き」『絵解き研究』1
  • 布衣信1988『下野国高田山専修寺創建前後にふれて初探考』
  • 平松令三1989「下野国高田山専修寺史考」『高田学報』78
  • 谷畑盛1998『下野国専修寺と天拝一光三尊仏:後編:関西へ歩む』
  • 谷畑盛1998『下野国専修寺と天拝一光三尊仏:前編:如来堂大修理を記念して』
  • 朝倉治彦2001「『開帳差免帳』細目(稿)」『参考書誌研究』55[3]
  • 川瀬由照2007「下野高田・専修寺木造顕智・真仏坐像について」『仏教芸術』291
  • 2008『二宮町史通史編1古代中世』「中世編第五章:高田専修寺と高田門徒」
  • 2008『二宮町史通史編2近世』「高田専修寺と一光三尊仏開帳」「1718年(享保3年)高田専修寺絵図」
  • 2008『二宮町史通史編3近現代』「専修寺称号問題」「中教院設立」「専修寺の維持と布教」「専修寺にみる官有地払い下げ」「寺院の保存と専修寺別院自治」「専修寺の参詣者」
  • 2009『図説にのみやの歴史:二宮町史普及版』
  • 瀧川和也2013「一光三尊仏について : 真宗高田派と善光寺式阿弥陀三尊に関する覚書」『高田学報』101
  • 『高田山専修寺:浄土真宗発祥根本道場:親鸞聖人創建唯一伽藍』
  • 『真岡市史:第6巻原始古代中世通史編』「第一二章:高田専修寺と浄土信仰」
  • 今井雅晴『下野と親鸞』
  • 今井雅晴『親鸞の風景』
  • 『親鸞聖人根本道場専修寺写真帳』
  • 新いばらきタイムス社編『親鸞のふるさと:茨城のご旧跡と二十四輩寺』
http://shinden.boo.jp/wiki/%E4%B8%8B%E9%87%8E%E3%83%BB%E5%B0%82%E4%BF%AE%E5%AF%BA」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール