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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

国分八幡宮

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2015年4月6日 (月)

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国分八幡宮は、香川県高松市国分寺町にある、讃岐国の国府八幡宮だったとみられる八幡宮。古代讃岐国分寺の鎮守と伝え、寺跡の北東約1kmにある。讃岐国分尼寺跡も近い。讃岐国府からは北東約3km。

天平勝宝年間、讃岐国分寺の鎮守、阿野郡七郷の産土神として創建。空海が讃岐国分寺を中興したとき、当社も修復したという。あるいは久安2年(1146)に石清水八幡宮から分霊したともいう。

鎌倉時代、新居城主香西資村が崇敬した。天正年間の兵乱で焼失。慶長2年、藩主生駒親正が再建。のち生駒家に代わって入国した高松藩松平家も庇護した。万治年間の火災後、現在地に遷座再建した(元は西隣の宮池周辺で、場所はほとんど変わらない?)。 (国分八幡宮ウェブサイト、高松市讃岐国分寺跡資料館ウェブサイト)

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