ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。
歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

巻機山

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2015年1月25日 (日)

移動: 案内, 検索


三国山脈の一山。標高は1967m。祭神は天満巻機千里姫という。1855年(安政2年)5月に明心(平賀政五郎)(?-1891(明治24))が開山。明心は明治以後、神道修成派に所属し、第360社(今の塩沢町二分区の万学院の片隅)を開いたという。1914年(大正3年)に明心の霊神碑を万学院に建立。1922年(大正11年)、明心に神道修成派から少教正が贈られた。その後、中絶して1941年(昭和16年)に弟子の田村空観が中興。1942年(昭和17年)に巻機講社が設立されていた。田村空観は山麓の清水集落の富士権現社に巻機権現を合祀して里宮とした。これが巻機権現社巻機神社)である。山頂の「御機屋」には祠や石碑はなく、割引岳に祠があるという。里宮近くには霊神碑がある。

(福島邦夫1981(昭和56)「修験者の活動」『修験者と地域社会』名著出版、鈴木昭英「巻機山の開山者・平賀政五郎明心」)

http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%B7%BB%E6%A9%9F%E5%B1%B1」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール