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平氏旧跡
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2022年11月15日 (火)
(平家から転送)
平氏(へいし)は、古代氏族の一つ。桓武天皇(737-806)を遠祖とし、平高望(生没年不詳)を祖とする桓武平氏が中心的。安徳天皇(1178-1185)とのゆかりも深い。源氏、橘氏、藤原氏と共に源平藤橘と呼ばれた。北条家や織田信長も平氏とされる。全国に平家の末裔の伝説がある。
人物
- 葛原親王(786-853):桓武天皇の皇子。嵯峨天皇の兄。墓所の伝承地は京都府乙訓郡大山崎町、佐賀県唐津市北波多徳須恵がある。肥前・葛原神社(佐賀県唐津市)、武蔵・葛原神社(東京都品川区)、村岡御霊神社(神奈川県藤沢市)、鎌倉・八坂神社(鎌倉市扇ガ谷)、桂本神社(岐阜県高山市)などの祭神。鎌倉の葛原岡神社は近代の創建だがもともとこの地に親王が祀られていたという。
- 高見王(生没年不詳):一説に葛原親王の王子で高望王の父。村岡御霊神社祭神。
- 平高望(生没年不詳):桓武天皇の皇孫で葛原親王の王子。墓所不明。高望王。村岡御霊神社祭神。
- 平国香(?-935):平高望の子。平将門に殺害された。天鷺神社祭神。
- 平将門(?-940):平安時代の武将。神田神社祭神。
- 平景政(1069-?):「鎌倉権五郎」。村岡御霊神社祭神。各地の御霊神社の祭神。
- 平正盛():置染神社に墓がある。
- 平忠盛(1096-1153):平清盛の父。出生地に忠盛塚があり、「史蹟 平氏発祥伝説地」碑が立つ。
- 平清盛(1118-1181):平安時代末期の武将。太政大臣。清盛神社祭神。
- 平時子(?-1185):平清盛の正室。二位尼。安徳天皇の祖母。安徳天皇と共に水天宮祭神とされる。
- 祇園女御(生没年不詳):平清盛の生母。京都祇園堂がある。京都御苑厳島神社に合祀。
- 平忠度(1144-1184):平清盛の弟。一ノ谷の戦いで戦死。明石に忠度塚、腕塚神社がある。
- 平時忠(1130-1189):平安時代末期の公家。平時子の弟。
- 平頼盛(1133-1186):平清盛の異母弟。池公社祭神。
- 平重盛(1138-1179):平安時代末期の武将。平清盛の次男。
- 平貞能(生没年不詳):陸前・西方寺の開基という。平定義。
- 建礼門院(1155-1214):高倉天皇中宮。平清盛の次女。安徳天皇生母。
- 明恵(1173-1232):紀伊国出身。華厳宗を学ぶ。文覚に師事。高山寺を創建。
- 源智(1183-1239):浄土宗紫野門徒の祖。法然の高弟。知恩院・知恩寺の2世。平重盛の孫。
- 如導(1253-1340):浄土真宗大町門徒の祖。大町専修寺の開山。平康頼(生没年不詳)の曾孫という。専照寺は今も平家を名乗る。
- 春屋妙葩(1312-1388):甲斐出身。平氏。伯父の夢窓疎石に師事。天龍寺・南禅寺などに住す。足利義満の帰依を受け相国寺を創建。初代僧録司。
- 平田篤胤(1776-1843):江戸時代の国学者。復古神道の大成者。平氏を称す。
一覧
ゆかりの地
- 尊重寺:平安京にあった平氏ゆかりの古代寺院。出雲寺や毘沙門堂門跡の前身の一つ。平親信が創建。
- 伏見・護法寺:平安京にあった平氏ゆかりの古代寺院。出雲寺や毘沙門堂門跡の前身の一つ。平範家が創建。
- 延暦寺:滋賀県大津市比叡山。園城寺が源氏よりだったのに対して、延暦寺は平氏よりだったという。
- 法住寺殿:京都府京都市東山区。平安時代末期、周辺が平氏の拠点だった。
- 蓮華王院:京都府京都市東山区。平清盛が造営。
- 西八条殿:京都府京都市下京区。平清盛の御殿。
- 光明心院:京都府京都市下京区。西八条殿にあった仏堂。廃絶。
- 西八条厳島神社:京都府京都市下京区。西八条殿鎮守。廃絶か。
- 若一神社:京都府京都市下京区。西八条殿鎮守。
- 福原京:兵庫県神戸市兵庫区。平清盛が造営。
- 寂光院:京都府京都市左京区。建礼門院が晩年住す。
- 赤間神宮:山口県下関市。
- 厳島神社:広島県廿日市市。
- 忠盛塚:三重県津市産品。平氏発祥伝承地碑も。
- 京都御苑厳島神社