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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

延暦寺戒壇院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年1月28日 (日)

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延暦寺戒壇院は、比叡山延暦寺にある戒壇院。大乗戒の根本道場。本尊は釈迦如来文殊菩薩弥勒菩薩。 九院十六院の一つ。

歴史

弘仁9年(818)、最澄は大乗仏教にはそれにふさわしい戒律があるとして具足戒を捨て梵網戒のみとした。前代未聞の主張であった。これは仏教界の大きな反発を呼び、最澄の生前は実現しなかった。弟子たちの強行な要求により、死後7日目の弘仁13年(822)6月11日、設立が勅許された。そして天長4年(827)建立された。

織田信長の焼き討ち以前はもっと大型の伽藍で、戒壇堂の他、看衣堂・昇廊・回廊・中門・鐘台などがあった。 江戸時代には戒壇堂と蔵髪堂があった。 現在の建物は延宝6年(1678)の再建。 (日本歴史地名大系)

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