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性応寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2017年4月6日 (木)

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性応寺(しょうおうじ)は、鹿児島県姶良市加治木町にある浄土真宗寺院。元は端坊東坊と共に京都・興正寺末寺頭三カ寺の一つだったが、現在は浄土真宗本願寺派。堺に創建され、和歌山を経て明治に鹿児島に移った。元は阿弥陀寺と称した。(参考:同名寺院阿弥陀寺

歴史

楠木氏出身の安満了願が堺に創建。了願は『太平記』にも阿間了願として登場。興正寺が仏光寺から分裂した文明14年(1482)頃、仏光寺末から興正寺末に移ったとみられる。天文19年(1550)、和歌山(和歌山県和歌山市和歌浦中2丁目)に移転して性応寺と改称。 近世には京都に屋敷を与えられ、住職は京都常住とされ、和歌山には留守居を置いた。了尊は准如に重用され、一家衆とされた。 明治になり、鹿児島布教に従事。明治11年、本堂が本願寺鹿児島出張所(本願寺鹿児島別院)に移築された。新たに加治木に出張所を建て、明治17年に性応寺と称した。

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