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悲田院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年3月2日 (火)

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悲田院(ひでんいん)は、仏教思想による貧者・病人のための救護施設。

歴史

  • 593年(推古1年):聖徳太子が四箇院の一つとして四天王寺に悲田院を設置したと伝える。四箇院とは敬田院・施薬院・療病院・悲田院という。
  • 723年(養老7年):興福寺に悲田院を設置。
  • 730年(天平2年):光明皇后、皇后宮職に悲田院と施薬院を設置。764年(天平宝字8年)頃まで機能した。
  • 平安時代初期:平安京の九条南に東悲田院と西悲田院を設置。
  • 10世紀後半:東悲田院、東五条鴨川西に移転か。12世紀なかばまで機能した。
  • 中世:西悲田院が泉涌寺に移転したという(泉涌寺悲田院)。
  • 中世:忍性が鎌倉極楽寺に施薬悲田院を設置。


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