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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

最乗寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年8月15日 (木)

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最乗寺(さいじょうじ)は神奈川県南足柄市にある道了尊信仰曹洞宗寺院。本尊は華厳釈迦。通幻派の拠点。山号の大雄山で呼ばれることも多い。応永元年(1394)了庵慧明が創建した。長らく了庵十六派が輪番で住職を務めた。天狗となった妙覚道了への信仰が強い。(参考:同名大雄山

目次

塔頭

  • 大慈院:大綱派一二派の輪住。
  • 報恩院:舂屋派七派の輪住。
  • 保善院:

組織

住職

  • 1了庵慧明(1337-1411)<>:相模出身。了庵派の派祖。不聞契聞の下で出家。通幻寂霊の法を嗣ぐ。永沢寺住職。1394年(応永1年)最乗寺を創建。1411年(応永18年)3月27日死去。75歳。総持寺16世。
  • 2韶陽以遠 (生没年不詳)<>:了庵慧明の法を嗣ぐ。永沢寺住職。応永頃、最乗寺住職。
  • 3大綱明宗(1363-1437)<>:向岳寺の抜隊得勝に師事。了庵慧明の法を嗣ぐ。最乗寺、永沢寺を歴任。最乗寺大慈院を創建。
  • 4無極慧徹(?-1430)<>:了庵慧明の法を嗣ぐ。龍穏寺の開山。
  • 5舂屋宗能(1382-1456)<>:大綱明宗に師事。最乗寺住職。最乗寺報恩院を創建。
  • 6夢巌華応()<>:
  • 7月江正文(?-1462/1463)<>:無極慧徹に師事し、上野・補陀寺2世。永沢寺、最乗寺、武蔵大泉寺を歴任。尾張楞厳寺上野・双林寺武蔵・普門院を創建。
  • 8吾宝宗〓(1388-1457)<>:山城出身。大綱明宗の法を嗣ぐ。伊豆最勝院を創建。

輪住

9世在仲宗宥から1874年(明治7年)まで了庵派十六派による輪番住職制が取られる。

  • 9在仲宗宥(生没年不詳):舂屋宗能の法を嗣ぐ。永沢寺、最乗寺を歴任。美濃天徳寺を創建。
  • 10安叟宗楞(1387-1484):大綱明宗、舂屋宗能に師事。海蔵寺を創建。
  • 11即庵宗覚(1407-1484):舂屋宗能の法を嗣ぐ。下総六国寺(東昌寺)、陸奥長泉寺を創建。最乗寺住職。
  • 12拈笑宗英(1409-1482):
  • 13実山永秀(?-1487):舂屋宗能の法を嗣ぐ。1439年(永享11年)蔵春院を創建。報恩寺、最乗寺を歴任。
  • 14雲岫宗龍(1394-1478):
  • 15天巽慶順(?-1485):迦葉山弥勒寺の中興。
  • 16南極寿星(?-1490):吾宝宗〓から嗣法。1470年(文明2年)大雄院を創建。最乗寺住職。
  • 17華叟正萼(1412-1482):
  • 18模庵宗範():
  • 19泰叟妙康(1405-1485):
  • 20一州正伊(1416-1487):月江正文から嗣法。[[上野・双林寺を創建。1472年(文明4年)最乗寺住職。
  • 21密山正巌():
  • 22月憲明潭():
  • 23州庵宗彭():
  • 24〓叟宗俊(?-1465):舂屋宗能の法を嗣ぐ。相模香雲寺、武蔵総泉寺を創建。
  • 25桂堂原佐(?-1486):在仲宗宥から嗣法。下野総寧寺、最乗寺を歴任。
  • 26天庵玄彭(?-1500):龍穏寺4世。最乗寺、補陀寺を歴任。
  • 27一華文英(1425-1509):
  • 28大林正通():1468年(応仁2年)館林茂林寺を創建。
  • 29天室正運():
  • 30曇英慧応(1424-1504):双林寺3世。林泉寺、長年寺を創建。
  • 31悦堂宗穆():
  • 32挺庵正秀():
  • 33学甫永富():
  • 34鳳庵英麟():
  • 35絶芳祖周():大沢寺を創建。龍泰寺2世。
  • 36竺庵宗僊():竺庵宗仙
  • 37益之正謙(?-1497):一州正伊に学ぶ。鹿沼瑞光寺を創建。のち最乗寺住職。
  • 38秀峰存岱(生没年不詳):
  • 39陳叟明遵(?-1507):上総真如寺住職。上総洞泉寺創建。のち最乗寺住職。
  • 40心華乗芳():舒林寺開山。
  • 41賢室自超(?-1502):一州正伊に学ぶ。1475年(文明7年)上野永源寺を創建。1500年(明応9年)最乗寺住職。
  • 42子賢宗遊():
  • 43養拙宗牧(?-1535):
  • 44体庵明全():
  • 45天曳原訓():
  • 46雲岡舜徳(1438-1516):青松寺開山。龍穏寺、最乗寺を歴任。
  • 47雲鷹玄俊(?-1516):正覚寺、最乗寺を歴任。
  • 48乾叟全享():
  • 49太州梵守(?-1525):
  • 50龍室玄光():
  • 68川庵宗鼎():
  • 悦堂英穆(?-1512):定津院2世。1490年(延徳2年)最乗寺住職。
  • 普山彭寿(?-1521):天庵玄彭の法を嗣ぐ。青松寺、最乗寺を歴任。
  • 自山得吾(1439-1522):一華文英の法を嗣ぐ。広厳院、最乗寺を歴任。
  • 喜州玄欣(?-1536):青松寺、龍穏寺、最乗寺を歴任。
  • 天室禅睦(?-1584):1577年(天正5年)最乗寺住職。
  • 鰲山見雪(1626-1685):龍泰寺住職。1675年(延宝3年)最乗寺住職。

独住

  • 1大岡楳仙(畦上楳仙)(1825-1901)<>:総持寺貫首2世。
  • 2覚仙坦山(原坦山)(1819-1892)<>:仏教学者。陸奥出身。昌平黌で学ぶ。東大印度哲学科で最初の講師。曹洞宗大学林総監。
  • 3魯山琢宗(滝谷琢宗)(1836-1897)<>:永平寺63世。
  • 4天海皎月(星見天海)(1833-1913)<>:
  • 5牧牛素童(石川素童)(1841-1920)<>:総持寺貫首4世。
  • 6彦龍道興(在田彦龍)(1825-1910)<>:1905年(明治38年)最乗寺住職就任。
  • 7雪厳不白(織田雪厳)(1843-1916)<>:
  • 8穆英石禅(新井石禅)(1864-1927)<>:総持寺貫首5世。
  • 9玄光道山(杉本道山)(1847-1929)<>:総持寺貫首6世。
  • 10天祐道海(伊藤道海)(1874-1940)<>:総持寺貫首9世。
  • 11諦信観法(大石観法)()<>:
  • 12瑩堂智〓(孤峰智〓)(1879-1967)<>:総持寺貫首18世。
  • 13絶海勝俊(岩本勝俊)(1895-1979)<>:総持寺貫首19世。
  • 14石附賢道()(1896-1968)<>:
  • 15()<>:
  • 16()<>:
  • 17()<>:
  • 18余語翠巌(1912-1996)<>:総持寺副貫首。
  • 19石附周行(1937-)<1996->:1937年(昭和12年)生。総持寺副貫首。1968年(昭和43年)渋川双林寺住職。1993年(平成5年)曹洞宗伝道部長。1996年(平成8年)最乗寺住職。
  • 金剛秀一

岳山史論[1]

画像

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