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宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

根源の社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2011年8月27日 (土)

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三つの「根源の社」

概要

根源の社(こんげん の やしろ)とは、松下幸之助が創建した、「宇宙の根源」を祀る神社型の宗教施設である。

松下幸之助(1894年(明治27年)-1989年(平成1年))は、特定の宗教には属さなかったものの、独自の思想から神道、仏教、キリスト教の各宗教を信奉し、その実践を重視した。仏教・修験道においては真言宗醍醐派の僧侶加藤大観を自邸に住まわせて、教えを乞うた。のち加藤大観を松下電器初代祭司に任命している。以来、松下電器祭司は真言宗醍醐派の僧侶が社員となって勤めており、現在は4代目という。門真工場には加藤大観の名が冠せられた、様々な神仏を祀る大観堂という堂宇がある。神社神道においては、会社創設以来、本社に白龍大明神を祀っている。現在も全社に龍神などを祀る130社ほどの社があるという。また伊勢神宮をはじめ、各神社に多大な寄付や寄進を寄せて、企業のアピールをするとともに、敬神の念を表した。また戦争で計画が頓挫した神道古典の叢書『神道大系』の編纂事業を継承し、170巻の刊行を見た。『神道大系』はただその編纂だけには飽きたらず、1冊1000円程度の普及版の刊行をも目指していたが、これは実現しなかった。

このような活動は松下の独自の思想に支えられていた。松下幸之助は、製品製造による物質的な繁栄を目指すとともに、精神的な豊かさの追求も重視していたのであった。これがPHP研究である。その理念は「物心ともに豊かな真の繁栄を実現していくことによって、人びとの上に真の平和と幸福をもたらそう」とすることであるという(PHP研究所ウェブサイトより)。根源の社はこのPHP研究と関わりがある。

根源の社は、真々庵、PHP本社、、松下電器本社(現・パナソニック本社)創業の森の三箇所に祀られた。


最初に祀られたのは松下の別邸真々庵だった(現在はパナソニックの迎賓館)。1961年(昭和36年)、社長から退いて会長になった松下幸之助は小川治兵衛作の庭園を購入して茶室などを建ててPHP研究の拠点とした。その翌年に真々庵の庭園の片隅に根源の社を創建した。その後、1967年(昭和42年)に京都駅前にPHP本社が設立され、そちらに拠点を遷したときも、本社ビル内に根源の社が祀られた。さらに1981年(昭和56年)、創業60周年記念に松下電器本社に創業の森というエリアが設置された際にも、そこに創建された。創業の森にはエジソンを中心として、ファラディー、オーム、マルコーニ、アンベール、フィリップス、関孝和、平賀源内、佐久間象山、橋本曇斎、豊田佐吉、そして松下幸之助夫妻の銅像が立ち並んでいる。

いずれも社殿は伊勢神宮型の祠が用いられているようである。

ここに祀られる根源とは、次のような考えに基づくものだったという。創業の森の根源の社の由緒書きには「宇宙根源の力は、万物を存在せしめ、それらが、生成発展する源泉となるものです。その力は、自然の理法として、私どもお互いの胎内にも脈々として働き、一木一草のなかにまで、生き生きと満ちあふれています。私どもは、この偉大な根源の力が宇宙に存在し、それが自然の理法を通じて、万物に生成発展の働きをしていることを会得し、これに深い感謝と祈念のまことをささげなくてはいけません。」とある。

この宇宙根源の力には三つの特徴があると指摘されている。それは、唯一神的な存在であること、擬人化されていないこと、「仏」と同等の存在であることであるという。あるいは新宗教にみられる、いわゆる「生命主義」との類似性も指摘されている。

根源の社を祀る前の1939年(昭和14年)、松下は自邸光雲荘に善女龍王を祭ったとき、さらに天祖大神という神を祭っていた。これが根源の社の原型とされる。のちに「最初は天祖大神というたけれど、大神ということではいかん、やっぱりPHP研究の考え方でやらないといかんということで根源ということになった」と松下は述べている。


松下は真々庵に訪れるたびに、まずこの根源の社に参拝して、静かに手を合わせていたという。あるいは社前に円座を敷き、座禅をして瞑想にふけることもあったという。何を祈っているのかという質問に対して、いま自分がここにいるという根源への感謝と、自分の行動が自然の理に従っているのかどうかという反省をしているんだと答えている。


ちなみに松下幸之助は、椿大神社末社の松下社に祀られている。

参考文献

  • PHP総合研究所研究本部1999『松下幸之助ハンドブック』
  • 谷口全平2004「南無根源!―松下幸之助の宗教観」『論叢 松下幸之助』2
  • 谷口全平2007『松下幸之助運をひらく言葉』
  • 坂本慎一2010「神道系ラジオ知識人・河野省三と松下幸之助の思想の比較―人間観と宇宙観に関するいくつかの仮説の提唱」『論叢 松下幸之助』14
  • 坂本慎一「松下幸之助とPHP運動」渡邊直樹編2011『宗教と現代がわかる本2011』平凡社
  • 川上恒雄2011「松下幸之助の死生観・霊魂観」『論叢 松下幸之助』16
  • 中牧弘允2003「会社宗教における生命主義的救済観 : 松下幸之助と船井幸雄」『宗教と社会』
http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%A0%B9%E6%BA%90%E3%81%AE%E7%A4%BE」より作成

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