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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

歴代の宮都

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年5月9日 (木)

歴代天皇宮跡から転送)
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平安京(故実叢書京城洛図)

歴代天皇の宮都。大極殿(宮城の正殿)、紫宸殿(内裏の正殿)も参照。

目次

都城

  • 飛鳥):
  • 藤原京:持統8年(694)12月から和銅3年(710)3月まで約15年間使われた。持統天皇文武天皇元明天皇の3代の都。新益京。
  • 平城京:和銅3年(710)3月から延暦3年(784)11月まで約70年間使われた。ただし、天平12年(740)12月から天平17年(745)5月までの約5年半の間は聖武天皇により恭仁京、難波京に宮都が一時的に移っていた。また弘仁元年(810)9月6日、平城上皇が平安京から平城京への遷都を図ったことがある。
  • 恭仁京:天平12年(740)12月15日から造営に着手。造営途中で天平16年(744)2月、難波京に遷都した。聖武天皇による設置。未完成のまま3年余りで放棄された。
  • 難波京:大化元年(645)12月に置かれた孝徳天皇長柄豊碕宮に始まるが、京域の存在を確認できるのは奈良時代の天平6年(734)頃完成した後期難波宮から。正式に宮都が置かれたのは長柄豊碕宮の期間と聖武天皇の天平16年(744)2月から翌年5月までの1年余りのみ。約150年間使われたが、ほとんどの期間は副都だった。奈良時代末か平安時代初頭に廃絶した。
  • 長岡京:延暦3年(784)11月11日から延暦13年(794)10月まで約10年間使われた。桓武天皇が設置。
  • 平安京:延暦13年(794)10月22日に桓武天皇が設置。福原遷都など一部の例外を除いて明治2年(1869)まで約1080年間、都が置かれた。しかし、正殿である大極殿は治承元年(1177)4月の火災を最後に再建されず、角田文衛は「律令制的な宮都として繁栄したのは、承久2年(1220)ころまで」と述べる(国史大辞典)。天皇の住居である内裏も安貞元年(1227)4月11日の京都大火による焼失で廃絶した。以後は貴族の邸宅を転用した里内裏が皇宮として機能した。
  • 福原京:治承4年(1180)6月から11月まで安徳天皇が設置。わずか5カ月のみ置かれた。平清盛政権による強行だが時勢を得られず、ほとんどの貴族や武家は平安京に留まったとみられる。
  • 東京):

皇宮

上代

  • 楠葉宮:河内国交野郡にあった継体天皇の皇宮。伝承地は大阪府枚方市の貴船神社(交野天神社境内)。

飛鳥時代

奈良時代

平安時代以後

里内裏

  • 堀河院:藤原兼通の邸宅。里内裏の初例。京都府京都市中京区。円融天皇が貞元元年(976)5月から約1年間使用。その後、白河天皇堀河天皇が使った。堀河第。堀川殿。堀川院。
  • 一条院:藤原詮子(東三条院)の邸宅。京都府京都市上京区。一条天皇、後一条天皇が使用。後朱雀天皇と後冷泉天皇も一時使用した。大宮院。
  • 東三条院藤原氏氏長者の邸宅。摂関家本邸。藤原道長や藤原詮子ら。京都府京都市中京区。近衛天皇、後白河天皇の里内裏となった。その他、一条天皇、三条天皇が行幸。東三条殿。
  • 枇杷殿:藤原道長の邸宅。京都府京都市上京区。一条天皇三条天皇が使用。
  • 高陽院:藤原頼通の邸宅。京都府京都市上京区中京区。後冷泉天皇、後三条天皇、白河天皇、堀河天皇、鳥羽天皇の里内裏となった。後鳥羽上皇が倒幕の謀議を開いたのもこの邸宅という。賀陽院。
  • 四条院:近衛天皇の里内裏。四条東洞院第。四条殿。四条内裏。
  • 六条院:白河天皇の里内裏。のち六条御堂となり、やがて京都・万寿寺となる。六条内裏。
  • 大炊殿:大炊御門北東洞院西にあった。藤原基忠の邸宅。鳥羽天皇の里内裏。白河上皇の仙洞御所でもあった。大炊御門東洞院殿。
  • 大炊殿:大炊御門北東洞院東にあった。上記を移築。鳥羽天皇の里内裏。
  • 大炊殿:大炊御門北富小路西にあった。現在の京都地方裁判所の地。九条兼実が住んだこともある。後鳥羽天皇、土御門天皇、順徳天皇の里内裏。後鳥羽上皇、土御門上皇、順徳上皇の仙洞御所ともなった。後鳥羽天皇はここで土御門天皇に譲位した。大炊御門富小路殿。
  • 大炊殿:藤原師実の邸宅。堀河天皇の里内裏。白河上皇御所。大炊御門殿。洞院殿。
  • 大炊殿:藤原長実の邸宅。白河法皇御所。のち後嵯峨上皇の御所。大覚寺統の里内裏となる。大炊御門万里小路殿。万里小路殿。
  • 大炊殿:後鳥羽上皇御所。土御門上皇御所。大炊御門京極殿。京極殿。春日殿。
  • 土御門烏丸殿:鳥羽天皇、崇徳天皇、近衛天皇の里内裏。当初から平安宮内裏を模して建設された里内裏の初例。土御門内裏。
  • 閑院:京都府京都市中京区。後鳥羽天皇以後8代が使用。
  • 冷泉富小路殿:後深草天皇の里内裏。持明院統の里内裏。
  • 二条富小路殿:冷泉富小路殿の跡地に平安宮内裏に準じて建設された。花園天皇、後醍醐天皇、光厳天皇の里内裏。富小路殿。二条富小路内裏。
  • 二条殿:藤原教通の邸宅。後朱雀天皇の里内裏。後三条上皇、鳥羽上皇の御所。崇徳天皇の里内裏。後鳥羽上皇の御所。
  • 二条高倉殿:大覚寺統の里内裏。二条殿の跡地に造営。亀山天皇、後宇多天皇、伏見天皇、後二条天皇の里内裏。二条高倉内裏。
  • 土御門京極殿:藤原道長所有の邸宅。跡地は現京都御苑内大宮御所の北側付近。後一条天皇、後朱雀天皇、後冷泉天皇の里内裏。三天皇の生家でもある。上東門第。土御門殿。
  • 土御門東洞院殿:藤原邦綱の邸宅。現在の京都御所の原型。即位前の堀河天皇の御所。六条天皇、高倉天皇の里内裏。花園天皇、光厳天皇の里内裏となりここで即位した。正親町殿。
  • 五条東洞院殿:藤原実長の邸宅。六条天皇の里内裏。五条殿。
  • 五条東洞院殿:藤原邦綱の邸宅。高倉天皇、安徳天皇の里内裏。安徳天皇が即位した場所。五条殿。
  • 五条大宮内裏:後嵯峨上皇の御所。後深草天皇、亀山天皇の里内裏。五条殿。大宮殿。

離宮・行宮・頓宮など

上代

  • 生葉行宮:景行天皇の行宮。筑後国生葉郡。
  • 高羅行宮:景行天皇の行宮。筑後国。福岡県久留米市高良山。『肥前国風土記』に登場。
  • 長渚浜行宮:景行天皇の行宮。熊本県玉名郡長洲町長洲。『肥前国風土記』『肥後国風土記』に登場。『日本書紀』景行18年6月に関連記述。
  • 高田行宮:景行天皇の行宮。筑後国三毛郡。福岡県大牟田市。『日本書紀』に登場。景行18年7月。
  • 長峡行宮:景行天皇の行宮。福岡県行橋市。『日本書紀』に登場。「京都郡」の語源とされる。
  • 志式島行宮:景行天皇の行宮。長崎県平戸市。『肥前国風土記』に登場。
  • 狭山行宮:景行天皇の行宮。佐賀県鳥栖市。『肥前国風土記』に登場。
  • 宇佐海浜行宮:景行天皇の行宮。大分県宇佐市。『肥前国風土記』に登場。
  • 高屋宮:景行天皇の行宮。宮崎県西都市。『日本書紀』に登場。
  • 球覃行宮:景行天皇の行宮。豊後国直入郡。大分県竹田市周辺。『豊後国風土記』に登場。日本書紀にも符合する記述。
  • 泳宮:景行天皇の行宮。岐阜県可児市久々利。『日本書紀』に登場。景行4年2月行幸。
  • 浮島行宮:景行天皇の行宮。安房国。千葉県。「高橋氏文」に登場。


  • 大隅宮応神天皇の離宮。跡地に大隅神社
  • 葉田葦守宮:応神天皇の離宮。跡地に葦守八幡宮
  • 二槻離宮
  • 倉橋離宮:奈良県桜井市倉橋。
  • 菟道離宮:跡地は宇治神社周辺。桐原日桁宮。
  • 吉野離宮:跡地は宮滝遺跡。芳野離宮。
  • 茅渟宮允恭天皇の離宮。跡地は大阪府泉佐野市上之郷周辺と考えられている。
  • 子代離宮:孝徳天皇の離宮。
  • 蝦蟇行宮:孝徳天皇の離宮。大阪府大阪市天王寺区高津付近と考えられている。
  • 春日離宮:元明天皇の離宮。平城京遷都直前。
  • 日雄離宮:天武天皇の離宮。跡地は桜本坊。
  • 阿胡行宮:持統天皇の行宮。三重県鳥羽市。
  • 島宮:奈良県高市郡明日香村。
  • 飛鳥河辺行宮:奈良県高市郡明日香村。
  • 開聞離宮:天智天皇の離宮。枚聞神社の前身。
  • 朝倉橘広庭宮:斉明天皇の行宮。
  • 石湯行宮:斉明天皇の行宮。

奈良時代

平安時代

中世

  • 寺江頓宮安徳天皇の頓宮。兵庫県尼崎市。
  • 屋島行宮:安徳天皇の行宮。香川県高松市。
  • 大覚寺殿:大覚寺統
  • 持明院殿:持明院統
  • 小島頓宮:後光厳天皇の頓宮。南朝の京都侵攻にあたり、足利義詮が奉じて設けた。
  • 垂井頓宮:後光厳天皇の頓宮。
  • 太平寺行宮:光厳天皇・後伏見上皇・花園上皇の行宮。滋賀県米原市伊吹。

南朝

近世

近代

皇族の離宮

  • 小野離宮:後冷泉天皇皇后藤原歓子の離宮。京都府京都市左京区市原野。常寿院という寺院になる。
  • 離宮:円融天皇皇后東三条女院(藤原詮子)の離宮。真正極楽寺となる。
http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%AD%B4%E4%BB%A3%E3%81%AE%E5%AE%AE%E9%83%BD」より作成

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