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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

澎湖県忠烈祠

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2013年8月25日 (日)

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澎湖県忠烈祠
ほうこけん ちゅうれつし
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概要 澎湖県の忠烈祠。県社澎湖神社跡地に位置する。
所在地 澎湖県馬公市新生路219号
種別 地方忠烈祠
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旧地(右下)と現在地(左上)

澎湖県の忠烈祠。入祀烈士は298員である(2010年現在。資料B)。戦後、民国36年(1947年)12月31日、植民地時代の県社澎湖神社の跡地に創建された(資料A)。民国71年(1982年)、現在地に遷座した(資料A)。旧地は中正公園運動場となり、跡地には記念碑が建てられている。馬公市市街地の官庁やスポーツ施設が集まる一画に位置する。周辺には森林もなく、緑地が広がっていることから、堂々たる印象を受ける。地方政府管理の忠烈祠のなかでは中型のものである。春祭は3月29日の革命先烈紀念日に行われ、秋祭は9月3日の軍人節(日中戦争日本降伏日)に行われている(資料C)。

(資料A:ウェブサイト国防部後備司令部『祠祀葬〓』[1](2011/05/02閲覧)、資料B:内政部資料2011年1月「忠烈祠祀概況」、資料C:蔡錦堂2008「褒揚及忠烈祠祀栄典制度之研究」)


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