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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

真宗大谷派札幌別院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年12月13日 (木)

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真宗大谷派札幌別院(しんしゅうおおたには・さっぽろ・べついん)は、北海道札幌市中央区にある真宗大谷派別院。近代に成立した新しい別院で、明治政府から北海道の開拓と教化を命じられた東本願寺の活動拠点だった。西北2kmに本願寺札幌別院がある。

歴史

1869年(明治2年)8月、財政逼迫する政府は、佐幕派だった東本願寺の資金力と組織力に目をつけ、北海道の開拓と教化を命じた。当時、戊辰戦争で幕府軍に付いた多くの藩が北海道へと送り込まれていた。翌年2月、法嗣であった大谷光瑩(現如)(のちの東本願寺22代)が100人以上の随員とともに北海道に向かい、7月に函館に入港。同月中に札幌に到着し、茅葺きの仮堂を建て東本願寺管刹と称したのが起源となった。4年、越後光円寺(新潟県新潟市江南区。明治2年現在地移転)の旧本堂を譲り受け、正式な本堂とした。9年の制度改正で札幌別院になったと思われる。現在の本堂は、1891年(明治24年)に竣工して翌年8月遷仏式をおこなった。旧堂も旧御堂と称して現存している。1911年(明治44年)、旭川支院が昇格して旭川別院となった。2012年(平成24年)現在、北支院、北三条支院、豊白支院、円山支院、山鼻支院、現来寺支院がある。また西南西2.5kmの藻岩山に大谷光瑩や門徒の遺骨を納める北海御廟がある。

参考文献

  • 木場明志監修、2012『別院探訪』真宗大谷派宗務所出版部
http://shinden.boo.jp/wiki/%E7%9C%9F%E5%AE%97%E5%A4%A7%E8%B0%B7%E6%B4%BE%E6%9C%AD%E5%B9%8C%E5%88%A5%E9%99%A2」より作成

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