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砥鹿神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年10月16日 (土)

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砥鹿神社
とが じんじゃ
Toga-jinja (14).jpg
概要 本宮山の神を祀る神社。
奉斎 大己貴神
(土岐昌訓論文)
所在地 愛知県豊川市西垣内2
所在地(旧国郡) 三河国宝飫郡
所属(現在) 神社本庁
格式など 式内社三河国一宮朱印地拝領神社国幣小社別表神社
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目次

概要

歴史

境内

組織

神主

草鹿砥氏(くさかどうじ)は丹波道主後裔の穂別命を祖とする。日下部連。

  • 草鹿砥公宣()<>:日下部公宣
  • 草鹿砥宣輝(1797-1867)<>:1797年(寛政9年)生。1867年(慶応3年)4月1日死去。71歳。
  • 草鹿砥宣隆(1818-1869)<>:草鹿砥宣輝の子。1818年(文政1年)生。1869年(明治2年)6月21日死去。52歳。

宮司

  • 1権田年助(1836-1874)<1873-1874>:国学者権田直助の子。1836年(天保7年)生。1873年(明治6年)3月、砥鹿神社宮司。1874年(明治7年)4月27日死去。39歳。
  • 2佐藤信(生没年不詳)<1874-1874>:1874年(明治7年)8月、砥鹿神社宮司。
  • 3龍岡資成(生没年不詳)<1874-1875>:1874年(明治7年)12月、砥鹿神社宮司。
  • 4岡部政美(1823-1901)<1875-1887>:賀茂真淵の子孫。次郎兵衛家。伊場村賀茂神社神主。1823年(文政6年)生。金原清宗に国学を学ぶ。1872年(明治5年)3月、浜松県神社取締役。五社神社小国神社に奉仕。1875年(明治8年)4月、砥鹿神社宮司。1890年(明治23年)から1898年(明治31年)まで秋葉神社社司。1901年(明治34年)3月死去。79歳。子に岡部譲。
  • 5角田忠行(1834-1918)<1887-1897>:1887年(明治20年)、砥鹿神社宮司。(略歴は、熱田神宮#組織を参照)
  • 6林八郎(1842-?)<1897-1898>:武蔵国上尾村出身。1842年(天保13年)生。1875年(明治8年)図書寮十五等出仕。1897年(明治30年)7月1日、砥鹿神社宮司。1898年(明治31年)10月19日、大和神社宮司。1900年(明治33年)11月30日、安房神社宮司。1912年(大正1年)死去か。
  • 7祝儀麿(生没年不詳)<1898-1900>:1898年(明治31年)10月、砥鹿神社宮司。1903年(明治36年)広田神社宮司。同年大山祇神社宮司。賀茂別雷神社宮司。
  • 8保科保操(1836-?)<1900-1911>:姫路藩士。1836年(天保7年)生。1871年(明治4年)大蔵省出納司少令史。1897年(明治30年)7月1日、玉前神社宮司。1899年(明治32年)4月29日、丹生川上神社宮司。1900年(明治33年)11月30日から1911年(明治44年)3月17日まで砥鹿神社宮司。
  • 9鈴木松太郎(1872-1955)<1911-1915>:1911年(明治44年)3月17日、砥鹿神社宮司。(略歴は、伏見稲荷大社#組織を参照)
  • 10菊池武文(1871-1939)<1915-1916>:1915年(大正4年)5月から1916年(大正5年)まで砥鹿神社宮司。(略歴は、長田神社#組織を参照)
  • 11秋岡保治(1886-1971)<1916-1916>:1916年(大正5年)7月7日から11月まで砥鹿神社宮司。のち伊勢神宮少宮司。(略歴は、伊勢神宮#組織を参照)
  • 12足立達()<1918->:1918年(大正7年)11月、砥鹿神社宮司。(略歴は、氷川神社#組織を参照)
  • 13富岡盛彦(1892-1974)<1924-1927>:神社本庁第8代事務総長。1924年(大正13年)砥鹿神社宮司。1927年(昭和2年)札幌神社宮司。(略歴は神社本庁#組織を参照)
  • 14矢田部盛枝(1894-1961)<1927-1934>:1927年(昭和2年)から1934年(昭和9年)まで砥鹿神社宮司。(略歴は三島大社#組織を参照)
  • 神麻新六(-1967)<-1967>:1967年(昭和42年)9月21日、在職で死去。
  • 内藤正(1912-)<1967-1996>:静岡県出身。1912年(大正1年)生。1935年(昭和10年)国学院大学卒。日光二荒山神社坐摩神社香取神宮に奉職し、1946年(昭和21年)静岡県神社庁主事。1953年(昭和28年)箱根神社、1958年(昭和33年)函館八幡宮を経て1963年(昭和38年)7月20日、日吉大社権宮司。1967年(昭和42年)12月13日から1996年(平成8年)8月8日まで砥鹿神社宮司。
  • 高谷弥五郎()<1996-2004>:1942年(昭和17年)砥鹿神社に奉職。1985年(昭和60年)3月1日、砥鹿神社権宮司。1996年(平成8年)8月9日から2004年(平成16年)3月31日まで砥鹿神社宮司。
  • 二橋一彦()<2004-2010>:1954年(昭和29年)熱田神宮に奉職。1991年(平成3年)熱田神宮禰宜。愛知県神社庁参事も兼ねる。1997年(平成9年)熱田神宮権宮司。同年8月18日から12月19日まで真清田神社宮司。また熱田神宮権宮司に戻り2004年(平成16年)3月31日まで務める。2004年(平成16年)4月1日から2010年(平成22年)まで砥鹿神社宮司。
  • 香取武()<?-2016>:1974年(昭和49年)、砥鹿神社に奉職。2004年(平成16年)7月15日砥鹿神社権宮司。のち砥鹿神社宮司。2016年(平成28年)香取神宮宮司。
  • 岩崎和夫()<2016->:福島県相馬市の八坂神社の旧社家の出身。国学院大学卒。寒川神社に奉職。1976年(昭和51年)砥鹿神社に奉職。1990年(平成2年)故郷の八坂神社宮司。砥鹿神社権宮司を経て2016年(平成28年)3月1日、砥鹿神社宮司。

権宮司

  • 田中正幅()<1873-1873>:1873年(明治6年)3月、砥鹿神社権宮司。
  • 竹尾正胤(1833-1874)<1873-1874>:国学者。舞木八幡宮社家の出身。1833年(天保4年)生。維新に際して有栖川宮の命を奉じて国事に奔走。西京皇学所講師。1869年(明治2年)3月、宣教使大講義。1870年(明治3年)8月、弾正属。1873年(明治6年)12月、砥鹿神社権宮司。1874年(明治7年)9月17日死去。厳之真屋。

画像

参考文献

  • 土岐昌訓 平成7「旧官国幣社と延喜式内社」『神社史の研究』

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E7%A0%A5%E9%B9%BF%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

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