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禅宗の人物旧跡
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2017年4月8日 (土)
(禅僧から転送)
目次 |
西天二十八祖
インドでの28人の禅僧。
- 1迦葉(マハーカッサパ):十大弟子の一人。大迦葉。
- 2阿難(アーナンダ):十大弟子の一人。
- 3末田地:阿難の弟子。末田底迦
- 4商那和修:阿難の弟子。
- 5優婆きく多(優婆毱多)
- 6提多迦
- 7仏陀難提
- 8仏陀蜜多
- 9脇比丘
- 10富那奢
- 11馬鳴:馬鳴大士
- 12毘羅尊者:迦毘摩羅
- 13龍樹:龍樹大士。大乗仏教各派(禅宗、密教、浄土教、法華経信仰)で歴代の一人に数えられる。
- 14迦那提多
- 15羅ご羅多(羅睺羅多)
- 16僧伽那提
- 17僧伽耶舎
- 18鳩摩羅駄:『成実論』著者の訶梨跋摩の師
- 19闍夜多
- 20婆修槃頭
- 21摩拏羅
- 22鶴勒那
- 23師子比丘:檀弥羅王に斬首される
- 24婆舎斯多
- 25優波掘多
- 26婆須密多:『華厳経』に登場
- 27僧迦羅叉
- 28菩提達磨
中国
隋唐
- 達磨(生没年不詳):禅宗第一祖。嵩山少林寺。
- 慧可(487-593):二祖。大祖禅師
- 僧サン(?-606)
- 道信(580–651):
- 牛頭法融(594-657):牛頭宗開祖。牛頭山。幽棲寺。
- 弘忍(602-675):東山法門を確立。
- 神秀(606?-706):北宗の祖。楞伽経の禅。六祖。
- 慧能(638-713):南宗の祖。金剛経の禅。六祖慧能。大梵寺。
- 智セン:七祖
- 処寂(648-734):八祖。
- 無相:九祖。
- 普寂(651-739):興唐寺。北宗で七祖。
- 青原行思(?-740):慧能の弟子。青原山静居寺。
- 荷沢神会(670-762):荷沢宗の開祖。慧能の弟子。
- 南嶽懐譲(677-744):慧能の弟子。衝山般若寺。
- 石頭希遷(700-790):石頭宗開祖。青原行思の弟子。
- 馬祖道一(709-788):洪州宗開祖。南嶽懐譲の弟子。洪州開元寺
- 大珠慧海(生没年不詳):
- 百丈懐海(720-814):『百丈清規』を著し、禅宗を律宗から明確に独立させた。
- 黄檗希運(?-850):
- イ山霊祐(771-853):イ仰宗開祖。
- 圭峰宗密(780-841):
- 徳山宣鑑(782-865):
- 臨済義玄(?-866):臨済宗開祖。
- 洞山良价(807-869):曹洞宗開祖。
- 仰山慧寂(814-890):
- 雪峰義存(822-908):
- 曹山本寂(840-901):
- 雲門文偃(864-949):雲門宗開祖。
宋
- 清涼文益(885-958):法眼宗開祖
- 永明延寿(904-975):
- 楊岐方会(992-1049):臨済宗楊岐派の開祖。
- 黄龍慧南(1002-1069):臨済宗黄龍派の開祖。
- 圜悟克勤(1063-1135):『碧巌録』の編者。
- 大慧宗杲(1089-1163):臨済宗。看話禅を確立。
- 宏智正覚(1091-1157):曹洞宗。黙照禅を確立。
- 天童如浄(1163-1228):曹洞宗
- 雪庭福裕(1203-1275):
- 無門慧開:『無門関』を編纂。
明清
- 雲棲シュ宏(1642-1721):念仏禅
日本
栄西以前
- 達磨:推古天皇21年、聖徳太子が大和片岡で達磨に出会ったという伝説があり、そこに達磨寺が建てられている。
- 道昭(629-700):法相宗の入唐僧。河内出身。船氏。玄奘に師事し、基と交わり、日本に初めて法相宗を伝えたことで著名だが、玄奘の勧めで隆化寺恵満(慧可の弟子)に禅を学び、初めて日本に禅を伝えた人物でもある。元興寺に禅院を設けた。
- 道セン(702-760):律宗・華厳宗の来日僧。唐の許州出身。衛氏。嵩山普寂に禅と華厳を学ぶ。栄叡らの招請で菩提僊那らとともに来日し、東大寺大仏開眼の呪願師を務めた。北宗禅を日本に伝える。『華厳経章疏』を初めて伝え、日本華厳宗の祖でもある。大安寺に禅院を設置。
- 行表(722-797):道センの弟子で、最澄の出家の師。大和出身。檜前氏。律、禅、法相、華厳を学ぶ。近江崇福寺寺主。晩年は吉野比蘇山寺で修禅に励む。
- 最澄(767-822):日本天台宗開祖。行表に禅を学んだ後、入唐して、天台山の禅林寺シュク然に牛頭禅を学ぶ。
- 義空(生没年不詳):来日僧。承和14年(847)、嵯峨天皇皇后橘嘉智子の招きで来日し、南宗禅を初めて日本に伝える。檀林寺開山。数年後、帰国。
- 瓦屋能光(?-933)曹洞宗の入唐僧。曹洞宗開祖の洞山良价に師事。蜀の寺院の開山として招かれ、帰国せずに蜀で死去。
- チョウ然(938-1016):真言宗の入宋僧。京都出身。秦氏。清涼寺如来を請来する。帰国して禅宗の宣揚を奏上するが認められなかったという。
- 覚阿(生没年不詳):臨済宗の入宋僧。近江出身。藤原氏。比叡山で修行。霊隠寺の仏海慧遠に師事して臨済宗を学び、印可を得た。帰国して高倉天皇に召されたが、まだ彼の境地を理解する風土がなく、目立った業績は上げなかった。
鎌倉時代
- 能忍(?-1194):日本達磨宗の開祖。摂津三宝寺開山。独学で悟りを開き、のち弟子を宋に派遣し、育王山の拙庵徳光から印可を得た。その法系は曹洞宗に吸収された。大日房。大日能忍。深法禅師。
- 栄西(1141-1215) 天台宗・臨済宗黄龍派の入宋僧。備中・吉備津神社社家である賀陽氏の出身。二度入宋。万年寺の虚庵懐敞に師事し、師に従って天童山に移った。博多聖福寺、鎌倉寿福寺、京都建仁寺を創建。日本臨済宗興隆の先駆けとなった。日本臨済宗の開祖ともみなされる。天台密教葉上流の開祖。造東大寺勧進職。大師号を自ら望んで顰蹙を買った。明庵。智金剛。葉上房。千光国師。茶祖とも呼ばれる。
- 退耕行勇(1163-1241):相模出身。藤原氏。鶴岡八幡宮供僧となり、栄西に師事。寿福寺2世。北条政子の出家の師。高野山金剛三昧院、鎌倉浄妙寺、鎌倉東勝寺を創建。荘厳房。
- 明全(1184-1225):臨済宗の入宋僧。伊勢出身。蘇氏。建仁寺栄西に師事。道元の師で、道元とともに入宋するが天童山で客死。道元は遺骨を持って帰国した。
- 俊ジョウ(1166-1227):天台・真言・禅・律・浄土教など諸宗を学んだ入宋僧。肥後出身。宋代の浄土教や律を伝えたことで著名だが、蒙庵元聡に学んだ禅も伝えた。京都泉涌寺を創建。我禅。不可棄。大興正法国師。大円覚心照国師。月輪大師。
- 兀庵普寧(1197-1276) 臨済宗の来日僧。蜀の出身。無準師範に師事。蘭渓道隆らの招きで文応元年(1260)に来日。建長寺2世。本尊地蔵菩薩は、悟りを開いた仏である自らより格下であるから拝礼しなかったと伝えられる。北条時頼の死後、蜀に帰国。宗覚禅師。
- 孤雲懐奘(1198-1280):日本達磨宗・曹洞宗の僧。京都出身。九条家。最初、日本達磨宗の多武峰覚晏に師事する。のち道元に師事。永平寺2世。孤雲懐弉。
- 道元(1200-1253):日本曹洞宗の開祖。京都出身。久我通親の子。比叡山で学び、建仁寺で明全に禅を学ぶ。入宋して天童山景徳寺如浄に師事。育王山広利寺、径山万寿寺、天台山万年寺なども訪れている。帰国後、深草興聖寺を創建、ついで永平寺を創建した。吉峰寺、禅師峰寺も開く。希玄道元。永平道元。仏性伝東国師。承陽大師。
- 円爾(1202-1280):臨済宗の入宋僧。駿河出身。釈円栄朝と退耕行勇に師事し、入宋して無準師範に師事した。筑前崇福寺、承天寺に住す。九条道家の帰依を受け、東福寺開山となる。円爾弁円。聖一国師。日本最初の国師号。
- 覚心(1207-1298):臨済宗の入宋僧。信濃出身。常澄氏。高野山の退耕行勇に師事。入宋して杭州護国仁王寺の無門慧開に学ぶ。紀伊興国寺、京都妙光寺の開山。法燈派の祖。日本普化宗の開祖とされる。無本覚心。心地覚心。法燈円明国師。
- 虚竹:虚竹尺八の祖。
- 無関普門(1212-1291):臨済宗の入宋僧。信濃出身。円爾に師事。入宋して断橋妙倫に師事。東福寺3世となり、亀山上皇が離宮を寄進し、南禅寺開山となる。竜吟派の祖。無関玄悟。普門房。仏心禅師。大明国師。
- 蘭渓道隆(1213-1278):臨済宗の来日僧。西蜀培江出身。冉氏。無明慧性に師事。従来、天台などとの兼修の禅が一般的だったが、初めて日本に純粋な禅を広めた。北条時頼が帰依。径山を模して建長寺を創建。大覚禅師。日本最初の禅師号。
- 大休正念(1215-1289):臨済宗の来日僧。宋温州出身。径山の石渓心月に師事。文永6年(1269)、北条時宗の帰依を受け浄智寺を創建。仏源禅師。
- 徹通義介(1219-1309):日本達磨宗・曹洞宗の僧。越前出身。藤原氏。波著寺懐鑑に師事。のち道元に師事する。入宋して径山、天童山を巡る。永平寺3世となるが、内紛で退き、加賀大乗寺を開く。義鑑。
- 東巌慧安(1225-1277):臨済宗の僧。書写山で学び、入宋を志すが、博多で悟空敬念に師事。兀庵普寧の法を嗣ぐ。京都正伝寺、鎌倉聖海寺を開く。石清水八幡宮で元寇降伏祈願を行う。宏覚禅師。
- 無学祖元(1226-1286):来日僧。宋明州出身。許氏。無準師範に学ぶ。北条時宗が宋から招聘し、建長寺住職を経て円覚寺開山となる。仏光国師。円満常照国師。
- 無外如大(生没年不詳) 臨済宗の初の尼僧。安達泰盛の娘。無学祖元に師事。京都景愛寺開山。無着(無著)。景愛。
- 南浦紹明(1235-1309):臨済宗の入宋僧。現在の臨済宗法流につながる応燈関派の開祖。駿河出身。円爾の甥。蘭渓道隆に師事。入宋して虚堂智愚の法を継ぐ。建長寺住職。万寿寺住職。円通大応国師。
- 高峰顕日(1241-1316):五山派の臨済宗僧。後嵯峨天皇皇子。円爾弁円や無学祖元に師事。弟子に夢窓疎石ら。雲巌寺に治定顕日王墓があり、建長寺正統院に治定分骨塔がある。
- 一山一寧(1247-1317):臨済宗の来日僧。台州出身。胡氏。頑極行弥に師事。日本侵略を進める元の使者として来日。北条貞時は捕縛し、修禅寺に幽閉するが、名僧と分かると丁重にもてなした。南禅寺、建長寺、円覚寺に住した。南禅寺に石塔。初めて朱子学を伝えた。一山国師。妙慈弘済大師。
- 霊山道隠(1255-1325):臨済宗の来日僧。北条高時の帰依を受ける。建長寺、円覚寺に住す。仏慧禅師。
- 規庵祖円(1261-1313):臨済宗の僧。信濃出身。無関普門の法を継ぎ、南禅寺2世。如鏡上人。南院国師。
- 瑩山紹瑾(1268-1325):曹洞宗の僧侶。越前出身。孤雲懐奘に師事。徹通義介の法を継ぐ。能登に総持寺を開き、永平寺を超える勢いで曹洞宗の勢力を拡大した。常済大師。仏慈禅師。弘徳円明国師。
- 東明恵日(東明慧日)(1272-1340):曹洞宗宏智派の来日僧。元の明州出身。沈氏。寧波・天寧寺の直翁徳挙の法を継ぐ。北条貞時の招きで来日。曹洞宗第二伝とされる。円覚寺住職。東明和尚。
南北朝・室町時代
- 夢窓疎石(1275-1351) 臨済宗五山派の最盛期を築いた僧。伊勢出身。建仁寺無隠円範に師事。高峰顕日の法を継ぐ。後醍醐天皇や足利尊氏の帰依を受ける。安国寺・利生塔の建立を進言。恵林寺、臨川寺、天龍寺などを創建。五山文学を興隆させた。夢窓国師。正覚国師。心宗国師。普済国師。玄猷国師。仏統国師。大円国師。
- 峨山韶碩(1275-1365):曹洞宗の僧。能登出身。瑩山紹瑾に師事し、総持寺2世となった。弟子に五哲と呼ばれる名僧を出した。峨山和尚。大現宗猷国師。
- 宗峰妙超(1282-1337):臨済宗応燈関派の第二祖。播磨出身。最初、鎌倉寿福寺高峰顕日に師事し、のち南浦紹明に師事して法を継ぐ。赤松則村に招かれ大徳寺開山となる。花園天皇、後醍醐天皇の帰依を受ける。興禅大燈国師。大慈雲匡真国師。
- 関山慧玄(1277-1360):臨済宗応燈関派の第三祖。信濃中野城主の高梨氏出身。年下の宗峰妙超に師事。花園上皇の帰依を受け、妙心寺開山となる。慧眼。関山和尚。無相大師。
- 寂室元光(1290-1367):臨済宗の入元僧。美作出身。藤原氏。佐々木氏頼に請われて永源寺開山となる。円応禅師。永源寂室和尚。
- 大智(1290-1367):曹洞宗の入元僧。肥後出身。入元して古林清茂に師事。帰国後、明峰素哲の法を嗣ぎ、加賀祇陀寺、肥後広福寺を創建。
- 太源宗真(?-1370):曹洞宗の僧。宗内2番目の勢力に発展した太源派の祖。加賀出身。峨山韶碩の高弟五哲の一人。総持寺3世。総持寺普蔵院、仏陀寺を開く。
- 春屋妙葩(1311-1388):臨済宗五山派の代表的な僧の一人。甲斐出身。夢窓疎石の甥で、その法を継ぐ。天龍寺・南禅寺住職を歴任。足利義満の信任を得て、初の僧録司となる。相国寺を創建(名目上は夢窓疎石が開山)。五山版の刊行を推進。芥室。不軽子。智覚普明国師。
- 通幻寂霊(1321-1391):曹洞宗の僧。宗内最大の勢力に発展した通幻派の祖。豊後出身。藤原氏。峨山韶碩の高弟五哲の一人。総持寺の五院輪番制度を確立させた。天下僧録司。丹波永沢寺を創建。通幻禅師。通幻和尚。
- 無文元選(1323-1390):臨済宗の入元僧。後醍醐天皇皇子。元で古梅正友の法を継ぐ。方広寺開山。聖鑑国師、円明大師。
- 義堂周信(1325-1388):臨済宗五山派の僧。土佐出身。夢窓疎石に師事。絶海中津とともに五山文学の双璧と言われる。建仁寺、南禅寺住職。南禅寺を「五山之上」に列する。空華道人。
- 絶海中津(1336-1405):臨済宗五山派の入明僧。土佐出身。津野氏。夢窓疎石に師事。入明して中天竺寺の季潭宗ロクに師事。帰国後、僧録を務める。義堂周信とともに五山文学の双璧と言われる。要関。蕉堅道人。絶海和尚。仏智広照国師。浄印翊聖国師。
- 明兆(1352-1431):臨済宗の画僧。東福寺の僧。頂相や仏画をよく描いた。破草鞋
- 如拙(生没年不詳):臨済宗の画僧。相国寺の僧で、日本の水墨画を開拓。経歴は不明だが、如拙という名は絶海中津が命名したことが分かっている。
- 日峰宗舜(1368-1448):臨済宗応燈関派の僧。山城出身。藤原氏。無文元選などに学ぶが、応燈関派の海清寺無因宗因の法を継ぐ。尾張瑞泉寺を創建。妙心寺中興の祖。大徳寺36世。禅源大済禅師。
- 海門承朝(1374-1443):相国寺の僧。長慶天皇皇子。父帝の菩提寺の慶寿院を創建。同院跡に定められた長慶天皇陵内に治定墓がある。
- 一休宗純(1394-1481):臨済宗応燈関派の僧。後小松天皇の落胤と言われる。大徳寺47世。風狂を演じる。狂雲子。瞎驢。夢閨。周建。
- 雪江宗深(1408-1486):臨済宗応燈関派の僧。摂津出身。野間氏(源氏とも)。最初は五山派だったが、のち日峰宗舜に師事。応仁の乱で焼失した妙心寺を復興させた。仏日真照禅師。
- 芥隠(?-1495):琉球に初めて臨済宗を伝えた僧。京都出身。南禅寺で修行。尚泰久王に仕え、琉球王室の菩提寺である円覚寺を創建する。承琥。
- 雪舟(1420-1506):臨済宗の画僧。相国寺で修行。明に渡って各地を巡った。
- 桂庵玄樹(1427-1508):臨済宗の僧。儒学者。南禅寺で修行。明に渡り、朱子学を学ぶ。京都の戦乱を避け、島津忠昌の招きで薩摩に桂樹庵を創建。日向龍源寺、安国寺の住職を務める。朱子が注釈した『大学章句』を初めて刊行。儒学・漢学に大きな影響を与えた。
- 快川(?-1582):臨済宗の僧。美濃出身。土岐氏。武田信玄に招かれ、甲斐恵林寺住職となった。織田信長が武田家を滅ぼしたとき、恵林寺を焼き討ち。燃え盛る伽藍の中に「心頭滅却すれば火もおのずから涼し」と述べ、飛び込んだ。
- 恵瓊(1538-1600):臨済宗の僧。安芸安国寺住職。毛利氏に仕えて外交面で活躍した。
近世
- 梵舜(1553-1632):臨済宗の僧侶。吉田神道家。吉田兼右の子。吉田家菩提寺の神龍院住職。豊臣秀吉、徳川家康に吉田神道を講じる。豊国神社の創建に尽力し、神宮寺別当に就任。徳川家康の葬儀を吉田神道式で行う。竜玄。
- 藤原惺窩(1561-1619):朱子学者。元は相国寺の僧侶であった。近世儒学の祖。
- 崇伝(1569-1633):臨済宗の僧。南禅寺金地院。徳川家康に仕えて、外交面を担った。方広寺鐘銘事件や紫衣事件を引き起こし、政治に暗躍して「黒衣の宰相」と呼ばれた。
- 沢庵(1573-1645):臨済宗の僧。東海寺を創建。紫衣事件で流罪となる。沢庵宗彭。
- 鈴木正三(1579-1655):曹洞宗の僧。三河以来の徳川家家臣。穂積氏。大坂夏の陣の後、出家。島原の乱の後には天草で仏教布教。仁王禅を説く。布教のための仮名草子などを多く執筆。「鈴木正三」は仮名草子作者としての名。石平道人。
- 隠元(1592-1673):臨済宗の一派である黄檗宗の開祖。明の福州出身。林氏。普陀山で出家。福州万福寺の費隠通容の法を継ぎ、住職となる。住職退任直後、明は滅亡。長崎興福寺の逸然性融(明の出身)の招きにより来日。事実上日本に亡命し、宇治万福寺を創建する。明代の臨済宗を日本に伝え、新たな一派となった。隠元隆琦。大光普照国師。仏慈広鑑国師。
- 桃水(?-1683):曹洞宗の僧。各地を流浪して、困窮者を助けたりした。桃水雲渓。乞食桃水とも呼ばれた。
- 山崎闇斎(1618-1682):朱子学者。垂加神道の開祖。元は妙心寺の禅僧だった。
- 盤珪(1622-1693):臨済宗の僧。多くの寺院を創建。不生禅という独自の禅を説いた。盤珪永琢。
- 潮音(1628-1695):黄檗宗の僧。肥前出身。楠田氏。隠元の弟子の木庵性トウに師事。徳川綱吉に請われて、関東初の黄檗宗寺院である館林広済寺を創建。伊雑宮神職の永野采女とともに、偽書とされる『先代旧事本紀大成経』を出版。伊雑宮こそ本当の伊勢神宮であると主張して処罰された(大成経事件)。南牧・不動寺を創建し、黄檗宗黒瀧派の祖となった。潮音道海。
- 鉄眼(1630-1682):黄檗宗の僧。黄檗版一切経を出版。鉄眼道光。
- 売茶翁(1675-1763):黄檗宗の僧。月海元昭。
- 白隠(1685-1768):臨済宗中興の祖。応灯関派。駿河出身。杉原氏。故郷の松陰寺単嶺の下で出家。的翁慧瑞に師事。京都で白幽子という人物から内観の秘法を教わる。妙心寺「第一座」となった。門流は大きく発展し、現在の臨済宗は全て白隠の末流という。白隠慧鶴。鵠林。正宗国師。神機独妙禅師。
- 仙厓(1750-1837):臨済宗の画僧。美濃出身。博多聖福寺住職。義梵。
- 良寛(1758-1831):曹洞宗の僧。歌人。越後出身。神職の子。備中玉島の円通寺の国仙に師事。諸国行脚。越後国上山に五合庵を建てて独居。のち麓の乙子神社境内に移る。長岡に墓。大愚良寛。
- 隠山惟エン(1754-1818):臨済宗僧。白隠の弟子の峨山慈棹に師事。正灯円照禅師。
- 卓洲胡僊(1760-1833):臨済宗僧。白隠の弟子の峨山慈棹に師事。妙心寺住職。大道円鑑禅師。
近代
- 今北洪川(1816-1892):臨済宗の僧。摂津出身。円覚寺住職。蒼竜窟。
- 山岡鉄舟(1836-1888):幕臣。政治家。剣術家。戊辰戦争時に江戸無血開城に尽力。子爵。明治天皇侍従。龍沢寺星定に参禅。両忘会を設立。墓所は全生庵。高歩。鉄太郎。一楽斎。
- 石川素堂(1842-1920):曹洞宗管長。尾張出身。総持寺貫首。明治31年の総持寺焼失に際し、横浜移転の大事業を成就。牧牛。大円玄致禅師。
- 釈宗演(1859-1919):臨済宗の僧。今北洪川に師事し、法を嗣ぐ。円覚寺住職。楞伽窟。
- 河口慧海(1866-1945):黄檗宗の僧。チベットに密入国し、チベット仏教の経典を請来。
- 鈴木大拙(1870-1966):仏教思想家。加賀出身。鎌倉円覚寺で今北洪川ついで釈宗演に師事。日本の禅を欧米世界に紹介。
- 御木徳一(1871-1938):パーフェクト リバティー教団の開祖。伊予出身。元は黄檗宗の僧侶で、伊予・安楽寺住職、安城寺住職を務めた。還俗して大阪で金田徳光が開いた徳光教に入信。徳光の死後、弟子たちが分派する中で、「ひとのみち教団」を設立。教団は弾圧事件を経て、戦後「パーフェクト リバティー教団」となった。天水海日顕ヒコ命。
- 内山愚童(1874-1911):曹洞宗の僧。大逆事件で処刑。
朝鮮
- 知訥