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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

箕曲中松原神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年5月31日 (金)

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箕曲中松原神社

箕曲中松原神社(みのなか・まつばら・じんじゃ)は三重県伊勢市岩渕(伊勢国度会郡)にある神社。祭神は大歳神など。県社。山田の産土神社の一つ。伊勢神宮関連旧跡。大歳社、中松原社、美野社、箕曲社などと呼ばれた。

歴史

創建不詳。長徳年間の資料に見えるのが最古。社名をめぐってはさまざまな説があるが由来ははっきりしない。箕曲とは、この神社が鎮座する継橋郷美乃々村の隣の地名であり、美乃々村と箕曲を混同したものともいう。古書にみえる箕曲氏社と同一という説と別のものという説がある。明治4年11月2日、郷社となる。明治8年12月14日県社となった。明治39年12月、神饌幣帛料供進神社となる。

明治5年6月、外宮の末社であった若雷社、地護社、大山祇社、相社、山神社を度会県の管轄となし、ついで当社に合祀した。若雷社は北御門参道の西にあり「北御門社」などと呼ばれた。地護社は土宮北傍にあった。大山祇社は外宮の山口祭祭場にあった神社。相社は一の鳥居と二の鳥居の間に石を神体として祭っていた。明治42年3月11日、さらに村社神萱落神社、無格社金刀比羅神社、尾部山の尾上社、隠岡の尾上社などを合祀した。

境内に本社の他、遥拝所、伊勢豊受稲荷神社、楠神社、水鏡池がある。

分社として篠島篠島・八王子社がある。

(『宇治山田市史』ほか)

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