ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。
歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

総持寺関連旧跡

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年5月30日 (水)

移動: 案内, 検索

能登および横浜の曹洞宗総持寺の関連旧跡。

目次

総持寺輪番

総持寺五院。総持寺の住職を交代で務めた塔頭。1364年(正平19年/貞治3年)12月13日、総持寺2世の峨山韶碩(ただし当時、永光寺にいた)は後任の住職就任について五院から就任するように定める。1587年(天正15年)五院輪番地を設ける。1875年(明治8年)1月13日、五院を廃止して本山に合併する。

塔頭

  • 芳春院:現存。妙高庵系だが「本山後見」の格式を持った。
  • 覚皇院:現存。「本山直末」。伝法庵を開いた大徹宗令が1399年(応永6年)に創建。輪番住職が交代する際は五院住職がここに集まり、行列を出発したという。
  • 興禅寺:現存。普蔵院門中。1462年(寛正3年)、通峰が創建。
  • 永福寺:伝法庵門中。
  • 法光院:
  • 瑞雲寺:如意庵門中。
  • 正覚寺:普蔵院門中。
  • 正福寺:普蔵院門中。
  • 長泉寺:普蔵院門中。
  • 玉泉寺:妙高庵門中。越中に移転。
  • 昌寿寺:妙高庵門中。
  • 雲谷寺:妙高庵門中。
  • 円通院:妙高庵門中。
  • 太清院:妙高庵門中。
  • 宝幢寺:妙高庵門中。
  • 慶徳寺:洞川庵門中。
  • 東源寺:洞川庵門中。
  • 昌泉寺:洞川庵門中。
  • 秀翁院:洞川庵門中。
  • 千寧寺:伝法庵門中。
  • 松岩寺:伝法庵門中。
  • 青陽軒:如意庵門中。
  • 永寿院:如意庵門中。
  • 妙心庵:

一覧

  • 諸嶽寺:総持寺の前身。
  • 総持寺祖院
  • 大乗寺
  • 永光寺
  • 櫛比神社:鎮守
  • 伊須流岐神社:鎮守
  • 神明宮:鎮守
  • 成願寺:神奈川県横浜市鶴見区。1906年(明治39年)境内地を総持寺の移転再建地として献納。1907年(明治40年)その功績から「本山山内寺院」として「特殊な待遇」を認められている。
  • 建功寺:神奈川県横浜市鶴見区。成願寺の本寺。総持寺移転再建に功績があったとして1907年(明治40年)、「本山近門寺院」とされる。
  • 諸岡比古神社:鉄川宮とも
  • 総穏寺

二十五哲

総持寺2世峨山韶碩の高弟25人を二十五哲という。総持寺派の拡大に貢献した。

http://shinden.boo.jp/wiki/%E7%B7%8F%E6%8C%81%E5%AF%BA%E9%96%A2%E9%80%A3%E6%97%A7%E8%B7%A1」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール