ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

聖徳太子墓

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年10月30日 (土)

移動: 案内, 検索
聖徳太子墓

大阪府南河内郡太子町(河内国石川郡)の叡福寺にある聖徳太子陵墓。皇室治定。現在の墓名は磯長墓。歴史的には磯長廟磯長御廟聖徳太子廟と呼ばれることも多い。古墳名は叡福寺北古墳。生母の穴穂部間人皇女(用明天皇皇后)、妃の膳部大郎女を合葬していると伝え、「三骨一廟」と呼ばれる。しかし、現在の皇室では2人の合葬は治定されていない。円墳。直径54.3m。高さ7.2m。周囲に並ぶ結界石は空海が建てたという伝承がある。石室入り口を覆う二重の瓦屋根の千鳥破風と檜皮屋根の唐破風は他に例をみない。 唐破風の正面には木製の懸仏が掲げられている。阿弥陀三尊像とみられ、被葬者3人の本地仏を表す。

http://shinden.boo.jp/wiki/%E8%81%96%E5%BE%B3%E5%A4%AA%E5%AD%90%E5%A2%93」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール