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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

花園妙見寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年10月26日 (金)

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三鈷山吉祥院妙見寺
さんこさん きっしょういん みょうけんじ
概要 東日本における妙見信仰の発祥地となった寺院。
奉斎 釈迦如来
所在地 群馬県高崎市引間町213
所在地(旧国郡) 上野国群馬郡
所属(現在) 天台宗
格式など
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目次

概要

群馬県高崎市引間町。東日本における妙見信仰の発祥地となった寺院。天台宗。「三鈷山吉祥院妙見寺」と称す。本尊は釈迦如来である。古くは「七星山息災寺」と称した。その起源は不詳であるが、714年(和銅7年)以前の創建とされる。

『続日本紀』の777年(宝亀8年)8月条によると、河内妙見寺に上野国群馬郡、美作国勝田郡よりそれぞれ50戸の封戸を施入したとあり、当寺の創建と関わる記事と考えられている。おそらくは河内妙見寺から勧請して当寺が成立したものであろう。「花園星神記」によると、714年(和銅7年)、近隣の池で不思議な亀が発見されて、朝廷に献上したところ、これを瑞祥として霊亀と改元したという。

「君島系図」などによると平将門の乱のとき、染谷川の合戦において、平将門と平良文は平国香と戦ったが圧倒的戦力差を前に苦戦していたところ、当寺の妙見菩薩(羊妙見菩薩という)が出現し、勝利を得たという。これが坂東八平氏が妙見信仰を奉じる起源とされる。関東平氏によって関東東北中部地方の各地に勧請されて東日本における妙見信仰の発祥地となった。秩父妙見千葉妙見はその代表である。

また中世の『上野国神名帳』には「従三位息災寺小祝明神」の名が見え、当寺の鎮守であると思われるが不詳である。現在、本堂と妙見堂がある。

画像


参考文献

  • 境内由緒書
  • 大日本地名辞書


脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E8%8A%B1%E5%9C%92%E5%A6%99%E8%A6%8B%E5%AF%BA」より作成

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