ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。
歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

莫高窟

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2016年11月2日 (水)

移動: 案内, 検索

莫高窟(ばっこうくつ)は、中国甘粛省酒泉市敦煌市にある石窟寺院。敦煌石窟。 大泉河沿いの断崖に1600mにわたり492窟の岩窟が並ぶ。壁画は4万5000平米。7000件の題記、2415体の仏像がある。北大仏殿の33mの大仏などがある。第17窟蔵経洞から数万点の古文書が発見された。

前秦の建元2年(366)、西方から来た楽僔が岩の間から光が射すのを見て窟を開いたのが起源とされる。元までの900年間にわたり、造営が続けられた。

壁画の内容は豊富。仏に加え、北魏晩期には中国神話の神々が登場。隋唐には変相図(いわゆる浄土曼荼羅など)、説法図、観音菩薩などが好んで描かれた。西夏王、于闐王、吐蕃王などの人物像や、張議潮出行図、五台山図なども有名。

像では第275窟の弥勒像が最古期の交脚菩薩像として知られ、第257窟の思惟菩薩像が北魏期を代表する菩薩像としてある。最盛期とされる唐代の仏像は、釈迦、阿難、迦葉を一組にしたものや、さらに四天王を加えたものなどがあり、仏は端正に、菩薩はふくよかに写実的に造形されている。第322、第328、第45、第194などにある。 巨大な像も多く、北大仏殿には33m、南大仏殿には26mの大仏がある。第48窟の涅槃像は15mもある。

蔵経洞は、11世紀に西夏がこの地域に侵出した時、僧侶が経典を守るために出入口を封じたとみられている。1900年、道士の王円簶により900年ぶりに再発見された。1907年にイギリスのスタインが1万点を持ち帰り、翌年、フランスのペリオも一部を持ち帰った。 さらにロシアのオルデンブルク、アメリカのウォーナーも各窟の壁画をはがし、塑像を持ち去った。

参考文献

  • 鎌田茂雄『仏教の来た道』
http://shinden.boo.jp/wiki/%E8%8E%AB%E9%AB%98%E7%AA%9F」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール