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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

蜂子皇子旧跡

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年5月23日 (水)

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蜂子皇子(はちこのおうじ)(生没年不詳)は、崇峻天皇の皇子で、出羽三山の開山。聖徳太子の従兄弟に当たる。崇峻天皇暗殺に際して東北に落ち延びたと言われる。能除太子と同一視される。1823年(文政6年)8月、寛永寺を通じて朝廷より照見大菩薩の諡号を賜る。神仏分離に伴い、1874年(明治7年)2月7日、神号を蜂子命と定められた。

一覧

  • 出羽三山
  • 八乙女岩窟:羽黒権現が最初に影向した場所。海中に鳥居があるという。(1900(明治33)『三山縁起』)。昭和50年代ごろに崩落して岩窟は塞がれたという。
  • 阿久谷:入峯拝所。東照社のうしろのあたり。滝である。岩窟があるともいう。蜂子皇子が出羽三山開山の際に最初に修行した旧跡で、羽黒権現出現の霊地である。「阿古屋」、「阿古谷」とも表記して、「本羽黒」「秘密滝」とも称す。羽黒山最大の秘所とも言われる。「本羽黒」の名はかつてここに本社があったと言われているからで、皇野からここに本社を遷し、のち現在地に遷したとも言う。
  • 元羽黒:蜂子皇子修行の旧跡。太泉山万納寺があった。元羽黒。蜂子皇子の名に因む鉢子集落がそばにある。
  • 御座石:御座石(おまし)。蜂子皇子が八咫烏の導きで羽黒山に辿り着いたときに腰をかけた石という。また蜂子皇子はこの石の上で結跏趺坐したまま、昇天したともいう。
  • 蜂子皇子墓
  • 開山塚:蜂子皇子墓。皇野原の東北の端にあるという(『出羽三山』18)。同じく蜂子皇子墓の伝承を持つ「行者塚」が近くにある。
  • 蜂子神社:旧開山堂。「開山堂」。祭神は蜂子命(照見大菩薩)である。1874年(明治7年)2月7日、蜂子神社と改称。社殿は正面3間、側面4間の宝形造である(鶴岡市指定文化財「羽黒山蜂子神社」)。神社の「秋の峰」(8月26日~9月1日)の六日目にあたる8月31日夜に、入峯山伏によって例祭として蜂子神社祭と柴灯祭から成る八朔祭が行われる。柴灯祭は神社前に柴灯壇を築いて、柴灯を修する。風鎮めを願う稲作儀礼ともされる。
  • 吹越神社
http://shinden.boo.jp/wiki/%E8%9C%82%E5%AD%90%E7%9A%87%E5%AD%90%E6%97%A7%E8%B7%A1」より作成

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