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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

醍醐寺三宝院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年7月18日 (木)

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醍醐寺三宝院(だいごじ・さんぽういん)は、醍醐寺の本坊で、修験道当山派の中心となる真言宗門跡寺院修験道の本山寺院。本尊は弥勒菩薩真言宗醍醐派。院主は、醍醐寺座主を兼任する。かつては京都に出張所として新三宝院があった。醍醐三宝院三宝院門跡とも。旧名を金剛輪院灌頂院

組織

歴代住職

  • 1勝覚(1057/1058-1129):醍醐寺座主14世。三宝院を創建。源俊房の子。東大寺別当。東寺長者。
  • 2定海(1074-1149):醍醐寺座主15世。
  • 3元海(1094-1157):醍醐寺座主16世。
  • 4実運(1105-1160):醍醐寺座主17世。
  • 5勝賢(1138-1196):醍醐寺座主18・20世。
  • 6実継(1154-1204):醍醐寺座主23世。
  • 7成賢(1162-1231):醍醐寺座主24・26世。
  • 8良海(1197-1218):醍醐寺座主25世。
  • 9聖海法親王(1206-?):醍醐寺座主29世。
  • 10勝尊(生没年不詳):醍醐寺座主34世。
  • 11憲深(1192-1263):醍醐寺座主35世。
  • 12定済(1220-1282):醍醐寺座主37・39世。
  • 13定勝(生没年不詳):醍醐寺座主40世。
  • 14道性(1278-?):醍醐寺座主41世。
  • 15聖兼(1242-1293):醍醐寺座主43世。
  • 16聖雲法親王(1271-1314):亀山天皇第9皇子。遍智院宮。醍醐寺座主49・52世。
  • 17定任():醍醐寺座主53世。
  • 18賢助(1280-1333):醍醐寺座主56・60・62世。
  • 19聖尊法親王(1304-1370):後二条天皇皇子。遍智院宮。醍醐寺座主58世。
  • 20聖尋(生没年不詳):醍醐寺座主59・61世。
  • 21賢俊(1299-1357):醍醐寺座主65世。門跡号はこの頃から。
  • 22光済(1326-1379):醍醐寺座主66・68・70世。
  • 23聖珍法親王(?-1382):伏見天皇皇子。東大寺別当。東寺長者。醍醐寺座主69世。
  • 24光助():醍醐寺座主71世。
  • 25満済(1378-1435):醍醐寺座主73世。
  • 26義賢(1399-1468):醍醐寺座主74世。(『望月仏教大辞典』では「賢義」とある)
  • 27政深():醍醐寺座主75世。
  • 28義覚(1468-1483):醍醐寺座主76世。
  • 29政紹():醍醐寺座主77世。
  • 30持厳():醍醐寺座主78世。
  • 31義堯():醍醐寺座主79世。
  • 32義演(1558-1626):醍醐寺中興。醍醐寺座主80世。関白三条晴良の子。金剛輪院を再興し、三宝院と称す。大伝法院座主。東寺長者。豊臣秀吉の帰依を受ける。後七日御修法を復興。
  • 33覚定(1607-1661):鷹司信房の子。
  • 34高賢(?-1707):鷹司教平の子。大峰山入峰。『鳳閣寺縁起』を著す。宝池院大僧正。
  • 35房演
  • 36実演
  • 37(童形菅宮):(『日本仏家人名辞書』『望月』に欠。佐和隆研『醍醐寺』にある)
  • 38良演:(『日本仏家人名辞書』に欠。『望月仏教大辞典』、佐和隆研『醍醐寺』にある)
  • 39童形衛君:(『日本仏家人名辞書』『望月』に欠。佐和隆研『醍醐寺』にある)
  • 40童形教君:(『日本仏家人名辞書』『望月』に欠。佐和隆研『醍醐寺』にある)
  • 41童形亀君:(『日本仏家人名辞書』『望月』に欠。佐和隆研『醍醐寺』にある)
  • 42高演(1765-1848):鷹司輔平の子。東寺長者。後自在院。
  • 43勝演:(『望月仏教大辞典』ではカッコ書きとする)
  • 44定演
  • 45童形経君:(『日本仏家人名辞書』『望月』に欠。佐和隆研『醍醐寺』にある)
  • 46童形淳君:(『日本仏家人名辞書』『望月』に欠。佐和隆研『醍醐寺』にある)
  • 47童形易宮:閑院宮載仁親王(『日本仏家人名辞書』『望月』に欠。佐和隆研『醍醐寺』にある)
  • 48演護()<>:
  • 49寺島真応(?-1900)<>:醍醐派管長1世。金剛峰寺寺務検校執行法印395世。
  • 50和気宥雄(1842-1920)<1900->:醍醐派管長2世
  • 51多田実円()<>:醍醐派管長3世。千光寺住職。
  • 52普学()<>:密教辞典に欠
  • 53天野快道(1846-1923)<>:醍醐派管長4世
  • 54亮禅()<>:醍醐派管長5世
  • 55佐伯恵眼()<>:
  • 56岡田戒玉(1890-1966)<>:弟子に真如苑開祖の伊藤真乗がいる。
  • 57細川英道(1887-1975)<>:密乗院住職。1966年(昭和41年)醍醐寺座主三宝院門跡に就任。
  • 58仲田順海(1883-1968)<>:品川寺住職。追贈
  • 59信雄()<>:追贈
  • 60岡田宥秀()<>:
  • 麻生文雄(1925-2012)<1985->:広島県出身。西国寺住職。1985年(昭和60年)醍醐寺座主三宝院門跡就任。種智院大学学長。2012年11月26日死去。87歳。
  • 仲田順和(1934-)<2010->:東京都出身。1934年(昭和9年)4月生。大正大学仏教学科卒業。1957年(昭和32年)品川寺に入る。1968年(昭和43年)2月、品川寺住職。1985年(昭和60年)12月、宗務総長・醍醐寺執行長。2010年平成22年10月28日、醍醐寺座主三宝院門跡に就任。

(定演まで『日本仏家人名辞書』、宥雄まで『望月』、宥秀まで佐和隆研『醍醐寺』)

  • 「三宝院列祖次第」『諸門跡承伝系図』[1]
http://shinden.boo.jp/wiki/%E9%86%8D%E9%86%90%E5%AF%BA%E4%B8%89%E5%AE%9D%E9%99%A2」より作成

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