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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

鎮国守国神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年6月2日 (日)

鎮国神社・守国神社から転送)
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鎮国守国神社(ちんこく・しゅこく・じんじゃ)は、三重県桑名市の桑名城本丸跡にある松平定綱・松平定信を祀る霊社県社領主奉斎神社鎮国神社・守国神社。通称は九華明神

歴史

松平定信(1758-1829)が白河城内に祖の松平定綱(1592-1651)を鎮国大明神と称して祀ったのが起源。松平定永が1823年、桑名に移封されると、遷座。 松平定信も死後、守国大明神として1834年に鎮国神社に合祀された。あるいは生前に自ら守国霊神と称して祀ったとも。

明治12年、貯木場建設のため、吉之丸に遷座。 明治40年、現在地に遷座。

大正初年に社殿造営。 昭和3年に城跡を整備して九華公園とした。 (『日本歴史地名大系』ほか)

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