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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

阿部神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2020年2月24日 (月)

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阿部神社(あべ・じんじゃ)は、広島県福山市丸之内の福山城跡にあった福山藩主歴代を祀る祖霊社。主祭神は安倍氏始祖の大彦命で、武沼河別命以下歴代と、阿部正勝以下歴代を相殿神とした。 領主奉斎神社県社。当初は江戸にあった。戦後、造営中の社殿を空襲で失った招魂社を合祀して備後護国神社となった。勇鷹神社勇鷹武耀聖権現

歴史

1765年(明和2年)、阿部正右が江戸丸山の福山藩屋敷内に家祖の阿部正勝を祀って創建。 1768年(明和5年)、勇鷹武耀聖権現と称した。以後、歴代の霊を合祀した。

1812年(文化9年)、阿部正精が江戸から福山城に遷座して社殿を造営した。 この時、勇鷹神社と改称したという。

1871年(明治4年)の廃藩置県後、野上八幡宮の管理に属したが、 旧藩士が護持を続けた。1877年(明治10年)4月、県社に列格(神道史大辞典)。 1882年(明治15年)阿部神社と改称(神社辞典)。奈良県の高屋安倍神社に擬えたものという。 1956年(昭和31年)、備後護国神社を合祀して同神社となった。 (『日本歴史地名大系』)

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