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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

頂法寺池坊

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年3月20日 (火)

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池坊(いけのぼう)は京都府京都市中京区の頂法寺にあった天台宗寺院。頂法寺の本坊。現在の池坊会館の地にあった。華道家元として知られる。小野妹子の創建と伝える。寺院としての池坊がいつから存在し、どのように頂法寺住職の地位を確立したかは不明確。寺院は現存しないが華道流派として続いている。

組織

歴代住職

頂法寺住職を兼ねる。寺院としての池坊廃絶後の歴代もここに記す。

  • 1専務(生没年不詳):小野妹子のこととされる。
  • 2専能(生没年不詳):
  • 3専秀(生没年不詳):
  • 4専和(生没年不詳):
  • 5専勝(生没年不詳):
  • 6専照(生没年不詳):
  • 7専増(生没年不詳):
  • 8専明(生没年不詳):
  • 9専承(生没年不詳):
  • 10専栄(生没年不詳):
  • 11専誓(生没年不詳):
  • 12専慶(生没年不詳):池坊流華道の創始者。『碧山日録』1462年(寛正3年)に佐々木高秀が招いて挿し花をさせたところ見事な出来栄えだったため、多くの人々が見に来たという記録がある。近世1739年(元文4年)のの「池坊立花正統系図」では959年(天徳3年)生まれとし、小野妹子12代孫とする。
  • 13専慮(生没年不詳):
  • 14専盛(生没年不詳):
  • 15専言(生没年不詳):
  • 16専草(生没年不詳):
  • 17専来(生没年不詳):
  • 18専尊(生没年不詳):
  • 19専曙(生没年不詳):
  • 20専光(生没年不詳):
  • 21専倫(生没年不詳):
  • 22専諱(生没年不詳):
  • 23専諷(生没年不詳):
  • 24専琳(生没年不詳):
  • 25専意初代(生没年不詳):
  • 26専順(1411-1476):連歌師。宗祇の師。『新撰菟玖波集』に108句収録。著書『法眼専順連歌』。春楊坊。
  • 27専鎮(生没年不詳):将軍足利義政から華道家元を名乗ることを許されたという。
  • 28専応(1482-1543):専慶から11代目にあたるとも。1525年(大永5年)、青蓮院門跡尊鎮法親王の御所で生け花を披露し、賞賛された(『二水記』)。1530年(享禄3年)池坊として初めて宮中で花を活ける。著書として1523年(大永3年)の『君台観左右帳記』や1542年(天文11年)に記した『池坊専応口伝』が知られる。
  • 29専存初代():
  • 30専栄(1528-1579):1549年(天文18年)将軍足利義輝に招かれ花を立てる。1563年(永禄6年)『池坊立花伝書』を著す。
  • 31専好初代(1541-1621):専栄の弟という。1599年(慶長4年)大雲院での百瓶華会が名声を呼んだ。著書に『池坊専好花伝書』。
  • 32専好二代(1575-1658):立花の大成者。後水尾天皇の花会で活躍。華道における池坊の指導的地位を確立した。専好を初代と二代に分けるのは明確な記録があるわけではなく、活動期間が非常に長いため、名前を継いだと判断されたためらしい。そして二代目は初名「専朝」に当たるとみられているようだ。弟子にや浄土真宗僧の安立坊周玉や日蓮宗僧の大住院以信(日甫、本能寺高俊院4世)がいた。
  • 33専存二代():
  • 34専養(1655-1711)
  • 35専好三代(1681-1734):『会席法度乃書』を定める。著書に『生花の書』。
  • 36専純(1706-1774):池坊の始祖を小野妹子とする系譜を整備し、幕府の公認を受けた。
  • 37専意二代():
  • 38専純(1706-1774):再任。
  • 39専弘():
  • 40専定(1769-1832):専純の外孫。家元制度を整備した。著書に『瓶花容導集』『挿花百規』。
  • 41専明(1793-1864):
  • 42池坊専正(1840-1908):1861年(文久1年)家元を継承。華道の全国的な組織化を図る。1889年(明治22年)東京に池坊華務課出張所を設置。
  • 43池坊専啓(1869-1944):
  • 44池坊専威(?-1945):
  • 45池坊専永(1933-):専威の長男。同志社大学卒。1945年(昭和20年)家元を継承。内部抗争を抱えながら、一門の改革を図る。
  • (後継者)池坊専好四代(1965-):専永の長女。初の女性家元となる予定。

(36専純まで林信充撰「伝授次序」『関東台覧立花砂之物図』所収。「六角堂縁起と池坊いけばな縁起 古代寺院縁起の近世近現代的展開」参照[1]

http://shinden.boo.jp/wiki/%E9%A0%82%E6%B3%95%E5%AF%BA%E6%B1%A0%E5%9D%8A」より作成

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