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駒形神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2022年6月20日 (月)

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駒形神社
こまがた じんじゃ
Komagata-jinja 001.jpg
概要 駒ケ岳の神を奉斎する神社。
奉斎 駒形神
(土岐昌訓論文)
所在地 岩手県奥州市水沢区中上野町1-83
所在地(旧国郡) 陸奥国胆沢郡
所属(現在) 神社本庁
格式など 式内社国幣小社別表神社
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目次

概要

歴史

  • 802年(延暦21年)1月:『日本紀略』に「陸奥国三神」が坂上田村麻呂の東征に霊験があったと記す。
  • 802年(延暦21年)頃:坂上田村麻呂、胆沢城を築城。
  • 坂上田村麻呂、煤孫村で倒れた愛馬を葬り、馬頭観音堂を建立。
  • 850年(嘉祥3年):円仁、馬塚の由来を聞き、馬峰寺(煤孫寺)を建て、駒岳権現宮(新山)を建立した。
  • 851年(仁寿1年)9月2日:陸奥国駒形神、正五位下(文徳実録)。
  • 862年(貞観4年)6月18日:従四位下(三代実録)。陸奥国では最高位。
  • 924年(延長2年):『延喜式』に記載。
  • 1314年(正和3年):馬峰寺堂守の宮松が京都聖護院で修行して貴徳院の号を授かった。
  • 江戸時代:山頂の本宮の造替は仙台藩と盛岡藩が交互に20年ごとに担当した。
  • 寛永年間:岩崎城代の柏山明和が御駒堂を建立し、駒ケ岳の里宮とした。
  • 1870年(明治3年):神仏分離に伴い、馬峰寺は煤孫寺と改称し、駒形権現宮は古館神社と改称した。
  • 1870年(明治3年):岩崎御駒堂を駒形神社と改称した。
  • 1871年(明治4年)5月14日:駒形神社(山頂本社)、国幣小社に列格。
  • 1872年(明治5年)11月:水沢塩竈神社の社殿を駒形神社仮遥拝所とした。のち正式な遥拝所となる。水沢塩竈神社は境内の春日神社に仮遷座合祀。
  • 1874年(明治7年)11月:水沢塩竈神社、仮遷座していた春日神社社殿を本社とする。
  • 1896年(明治29年)8月:水沢塩竈神社、社地を駒形神社と分割して独立した神社となる。
  • 1903年(明治36年)1月:山上の本社から御神体を奉遷し遥拝所を駒形神社本社とした。山頂の神社は奥宮とした。水沢塩竈神社を編入し、摂社となる。

境内

組織

大宮司・宮司

  • 二見清六(-1890)<1877-1890>:1877年(明治10年)5月、駒形神社宮司。1890年(明治23年)8月23日死去(官報)。
  • 島川竹介(-1893)<-1893>:1893年(明治26年)9月6日死去(官報)。
  • 磐瀬弘治(生没年不詳)<1893-1896>:福島県出身。1893年(明治26年)11月29日駒形神社宮司。1896年(明治29年)4月29日、石上神宮宮司。1897年(明治30年)8月13日、伊佐須美神社宮司。1942年(昭和17年)1月まで特定郵便局長を務めた。
  • 浅井清長()<1896->:1880年(明治13年)7月28日、駿河浅間神社主典。1887年(明治20年)4月14日、小国神社禰宜。1896年(明治29年)4月29日、駒形神社宮司。
  • 長谷外余男(1890-1973)<1902-1903>:(略歴は、熱田神宮#組織を参照)
  • 前田勝也(1900-1981)<1936-1939>:1936年(昭和11年)駒形神社宮司。1939年(昭和14年)鹿児島神宮宮司。(略歴は、北海道神宮#組織を参照)
  • 山下明

画像

参考文献

  • 土岐昌訓 平成7「旧官国幣社と延喜式内社」『神社史の研究』

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E9%A7%92%E5%BD%A2%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

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