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下野・円通寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
下野・円通寺
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'''円通寺'''(えんつうじ)は、栃木県芳賀郡益子町にある[[浄土宗]][[名越派]]の旧[[浄土宗の檀林寺院|檀林寺院]]。本尊は[[阿弥陀如来]]。[[専称寺]]、[[如来寺]]、[[成徳寺]]とともに名越派の中心的な寺院の一つだった。現在は[[浄土宗知恩院派]]の一般寺院。虎渓院。'''大沢円通寺'''と呼ばれる。山号は大沢山。(参考:同名寺院[[円通寺]]) == 歴史 == 1402年(応永9年)、良栄が下野国芳賀郡舟橋郷(栃木県芳賀郡益子町大平舟橋)に創建したと伝えるが、1395年(応永2年)には談所が設けられていたことを示す史料がある。1541年(天文10年)全山焼失のため現在地に移転。1559年(永禄2年)に再建が成った。[[知恩院]]27世徳誉光然を通じて朝廷に働き掛け、1574年(天正2年)、[[正親町天皇]]の[[勅願寺]]となる。 江戸時代、[[知恩院]]末に組み込まれたが、陸奥・出羽の浄土宗寺院を支配した。1661年(寛文1年)には名越派の檀林は専称寺と円通寺のみに限られた。 [[袋中]]が修行。明和年間と1872年(明治5年)の火災で衰退した。 秘書を納めた月形函を蔵する。 == 歴代 == *1良栄 *2良堯 *3良徳 *4良憲 *6良順 *10良迦 *27良誓 *吉水玄信(1829-1887) *畠中 == 参考文献 == *『日本歴史地名大系』ほか [[category:栃木県]]
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