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積田神社
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
積田神社
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'''積田神社'''(つむた・じんじゃ)は三重県名張市夏見(伊賀国名張郡)にある[[春日信仰]]の神社。常陸国の[[鹿島神]]が大和国の[[春日大社]]に遷る際に滞在した旧跡という。官社「宇流富志禰神社」の論社。[[県社]]。[[春日大社関連旧跡]]。 == 歴史 == 『春日社記』によれば767年6月21日、常陸国の鹿島神が大和国の春日大社に遷る際、夏見の一瀬河で沐浴した。この旧跡に神社が建てられたのが始まりか。 『三代実録』に861年に従五位下、873年に従五位上が授けられたとある「宇奈根神」が、『延喜式』の「宇流富志禰神社」に当たると考えられている。 966年の文書に「宇奈抵社」とある。『寺社元要記』などには別称として「御成宮」「宇成宮」を記す。 「宇奈根」の名は春日神の御成(おなり)に由来するとする見解もある。 以上が古代の宇流富志禰神社の沿革だが、その論社は二つある。 現在の「宇流富志禰神社」と、積田神社だ。 『日本歴史地名大系』では、『伊水温故』に平尾の春日大明神は「夏見宮(積田神社)より勧請」との記述や積田神社に伝わる伝承から、 積田神社を本来の宇流富志禰神社とし、現在の「宇流富志禰神社」はその分社ではないかとする。 積田神社に伝わる1600年の棟札には「宇奈根大明神」とある。 維新まで社家を務めた梅岡家(梅木氏)は春日神に供奉した舎人紀乙野丸の末裔とされる。 春日大社の奥宮とも呼ばれ、しばしば春日大社の神職の参拝もあったという。 1904年(明治37年)6月、県社(神道史大辞典)。 1908年、周辺神社を合祀。 (『日本歴史地名大系』) [[category:三重県]]
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