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福島護国神社
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
福島護国神社
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[[ファイル:福島護国神社・1境内002.jpg|thumb|500px|]] '''福島護国神社'''(ふくしま・ごこく・じんじゃ)は宮崎県串間市西方(日向国那珂郡)にある[[招魂社]]。戊辰戦争で戦死した高鍋藩士3柱を祀る。剣城塚(福島町古墳群4号墳)の上に社殿と墓碑3基がある。以後の祭神合祀は行われていないのが特徴。他に高鍋藩主秋月種樹が撰文した顕彰碑があったらしいが現存は確認できていない。例祭は10月15日。[[官祭招魂社]]。[[指定外護国神社]]。'''西方招魂社'''、'''那珂西方招魂社'''、'''福島招魂社'''、'''福島官祭招魂社'''。[[宮崎県の官祭招魂社と官修墳墓]]も参照。市内には[[官修墳墓]]の[[今町官軍墓地]]もある。 (参考:同名神社[[福島招魂社]]) ==祭神== 3柱が諸書に挙げられる。1911『靖国神社誌』[https://dl.ndl.go.jp/pid/816146/1/27]でも3柱であり、いずれも官祭祭神だと思われる。その後の戦役の戦没者の合祀は行われていないようだ。 *松田充平次貞克:1868年(明治1年)8月28日、越後国山熊田(新潟県村上市)で戦死。26歳。現地に埋葬し、指爪をこの地に埋めたという。墓所は[[新潟官修墳墓]]。忠魂史[https://dl.ndl.go.jp/pid/1237208/1/391]。『幕末維新全殉難者名鑑』[https://dl.ndl.go.jp/pid/12284496/1/36]。 *松田平左衛門貞行:1868年(明治1年)7月29日、越後国新潟で銃創を受ける。帰郷して1872年(明治5年)2月24日死去。享年不明。『幕末維新全殉難者名鑑』[https://dl.ndl.go.jp/pid/12284496/1/35]。忠魂史では1869年(明治2年)1月24日死去[https://dl.ndl.go.jp/pid/1237208/1/319]。 *深江助九郎方行:1868年(明治1年)8月28日、越後国山熊田(新潟県村上市)で銃創を受ける。帰郷して1869年(明治2年)10月11日死去。32歳。忠魂史では1868年(明治1年)10月11日死去[https://dl.ndl.go.jp/pid/1237208/1/391]。『幕末維新全殉難者名鑑』[https://dl.ndl.go.jp/pid/12284496/1/35]。 高鍋藩の戦没者を祀る招魂社としては他に[[高鍋護国神社]]がある。 ==歴史== *1868年(明治1年)2月8日:高鍋藩福島隊、諏訪浜港から出兵。京都を経て新潟、新発田などを転戦。『串間地名考』[https://dl.ndl.go.jp/pid/9774625/1/32]。 *1868年(明治1年)10月:創建(『靖国神社誌』[https://dl.ndl.go.jp/pid/816146/1/27]。『靖国神社百年史』[https://dl.ndl.go.jp/pid/12267910/1/257])。藩主秋月種段によるもので「松田充平外二人を祀る」という(宮崎県案内記[https://dl.ndl.go.jp/pid/766792/1/83])。 *1868年(明治1年)12月:福島隊凱旋。『串間地名考』[https://dl.ndl.go.jp/pid/9774625/1/32]。 *1872年(明治5年):「深江助九郎外一人を合祀」宮崎県案内記[https://dl.ndl.go.jp/pid/766792/1/83]。 *1874年(明治7年)7月26日:顕彰碑を建立。高鍋藩主秋月種樹が撰文。正面に「死為忠義鬼極天護皇基」とあり、側面に「游福島拝殉国招魂之碑感諸士之忠勇節烈勤此語以為天下慟又其左傍時明治七年七月二十六日也従四位秋月種樹謹識」と刻む。日向地誌[https://dl.ndl.go.jp/pid/1876602/1/257]。 *1874年(明治7年)9月:官祭招魂社となる。宮崎県案内記[https://dl.ndl.go.jp/pid/766792/1/83]。 *1935年(昭和10年)11月16日:昭和天皇、陸軍特別大演習で宮崎県行幸。県社14社に幣帛料、招魂社6社に祭粢料を下賜されこの日、県庁で伝達式。『昭和十年陸軍特別大演習並地方行幸都城市記録』[https://dl.ndl.go.jp/pid/1462603/1/366] *1939年(昭和14年)4月1日:指定外護国神社となり「福島護国神社」と改称。 *1952年(昭和27年)6月24日宗教法人設立登記。宮崎県宗教法人名簿[https://dl.ndl.go.jp/pid/2997575/1/16] ==画像== <Gallery widths="300" heights="200" perrow="3"> file:福島護国神社・1境内001.jpg| file:福島護国神社・1境内002.jpg| file:福島護国神社・1境内003.jpg| file:福島護国神社・1境内004.jpg| file:福島護国神社・1境内005.jpg| file:福島護国神社・1境内006.jpg| file:福島護国神社・1境内007.jpg| file:福島護国神社・2招魂碑・1松田2基01.jpg| file:福島護国神社・2招魂碑・2松田充平次001.jpg| file:福島護国神社・2招魂碑・2松田充平次002.jpg| file:福島護国神社・2招魂碑・3松田平左衛門001.jpg| file:福島護国神社・2招魂碑・3松田平左衛門002.jpg| file:福島護国神社・2招魂碑・4深江助九郎001.jpg| file:福島護国神社・2招魂碑・4深江助九郎002.jpg| </Gallery> ==資料== *平部〓南1884『日向地誌』「戦死者墓」[https://dl.ndl.go.jp/pid/1876602/1/257] *1934『宮崎県五十年史』「戊辰の役戦死者」[https://dl.ndl.go.jp/pid/1236394/1/39] *桧垣三樹雄1983『串間地名考』「諏訪浜」[https://dl.ndl.go.jp/pid/9774625/1/32] *1984『靖国神社百年史 資料篇 下』「福島護国神社」[https://dl.ndl.go.jp/pid/12267910/1/257] [[Category:宮崎県]]
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