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大嬪宮

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2025年11月19日 (水)

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(ページの作成:「景宗生母の大嬪張氏(粛宗後宮)の霊廟。 景宗2年、中部慶幸坊に創建。のち宜禧宮に合祀。 隆煕2年7月、宜禧宮とともに[...」)
 
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景宗生母の大嬪張氏(粛宗後宮)の霊廟。
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'''大嬪宮'''(대빈궁)は韓国ソウル特別市鍾路区楽園洞にあった[[李朝王室]]の霊廟。廃絶。跡地は現在の鍾路税務署の付近。七宮([[毓祥宮]])に合祀された。
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景宗2年、中部慶幸坊に創建。のち[[宜禧宮]]に合祀。
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==霊位==
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*禧嬪張氏(1659-1701):19代粛宗の後宮。20代景宗の生母。妃から降格され、最後は処刑された。墓は西五陵大嬪墓。
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隆煕2年7月、宜禧宮とともに[[毓祥宮]]に合祀された。
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==歴史==
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*1722年(景宗2年)10月10日:禧嬪張氏が玉山府大嬪として追尊。中部慶幸坊郷校洞に大嬪宮の創建を命じる。[https://sillok.history.go.kr/id/kta_10210010_004]
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*1722年6月3日:竣工して神位を移した。
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*1870年1月2日:毓祥宮別廟に合祀[https://sillok.history.go.kr/id/kza_10701002_002]。のち[[宜禧宮]]に合祀???
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*1887年:旧地に戻る?
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*1908年(隆煕2年)7月22日:[[毓祥宮]]に合祀された。[https://sillok.history.go.kr/id/kzb_10107023_003]
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(『京城府史』)
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[https://dh.aks.ac.kr/sillokwiki/index.php/대빈궁(大嬪宮)]
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[[Category:大韓民国ソウル特別市]]

2025年11月19日 (水) 時点における最新版

大嬪宮(대빈궁)は韓国ソウル特別市鍾路区楽園洞にあった李朝王室の霊廟。廃絶。跡地は現在の鍾路税務署の付近。七宮(毓祥宮)に合祀された。

霊位

  • 禧嬪張氏(1659-1701):19代粛宗の後宮。20代景宗の生母。妃から降格され、最後は処刑された。墓は西五陵大嬪墓。

歴史

  • 1722年(景宗2年)10月10日:禧嬪張氏が玉山府大嬪として追尊。中部慶幸坊郷校洞に大嬪宮の創建を命じる。[1]
  • 1722年6月3日:竣工して神位を移した。
  • 1870年1月2日:毓祥宮別廟に合祀[2]。のち宜禧宮に合祀???
  • 1887年:旧地に戻る?
  • 1908年(隆煕2年)7月22日:毓祥宮に合祀された。[3]


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