ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

延祐宮

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2025年11月22日 (土)

(版間での差分)
移動: 案内, 検索
 
1行: 1行:
-
真宗(孝章世子)生母の靖嬪李(英祖後宮)の霊廟。
+
'''延祐宮'''(연우궁、연호궁)は韓国ソウル特別市鍾路区宮井洞にあった[[李朝王室]]の霊廟。靖嬪李氏を祀る。七宮([[毓祥宮]])に合祀された。元の場所も毓祥宮の近くだったらしい。延祜宮。靖嬪廟
 +
 
 +
==霊位==
 +
*靖嬪李氏(1694-1721):英祖後宮。追尊の真宗(孝章世子)の生母。
 +
 
 +
==歴史==
 +
*1721年(景宗元年)11月16日:靖嬪李氏死去。毒殺された。
 +
*1725年(英祖1年):靖嬪李氏の子の李緈(真宗)が王世子となる。「靖嬪」と諡号を贈る。
 +
*1728年:李緈(真宗)、早逝
 +
*1776年:李緈(真宗)の子、靖嬪李氏の孫の正祖が即位。李緈を追尊国王とする。
 +
*1778年(正祖2年):延祐宮を北部順化坊に創建。毓祥宮の近い場所という。
 +
*1870年(高宗7年)1月2日:[[毓祥宮]]別廟に遷座。
 +
*1896年(高宗33年):別廟の霊位を旧廟に戻す。?
 +
*1908年(隆煕2年)7月23日:毓祥宮に合祀された。
 +
 
 +
 
 +
[https://dh.aks.ac.kr/sillokwiki/index.php/연호궁(延祜宮)]
 +
 
 +
 
 +
*1929『延祜宮春秋分祭祝式』[https://jsg.aks.ac.kr/dir/view?dataId=JSG_K2-5056]
-
正祖2年、北部順化坊に創建。高宗7年、[[毓祥宮]]に遷座。隆煕2年7月、毓祥宮に合祀された。
 
-
(『京城府史』)
 
[[Category:大韓民国ソウル特別市]]
[[Category:大韓民国ソウル特別市]]

2025年11月22日 (土) 時点における最新版

延祐宮(연우궁、연호궁)は韓国ソウル特別市鍾路区宮井洞にあった李朝王室の霊廟。靖嬪李氏を祀る。七宮(毓祥宮)に合祀された。元の場所も毓祥宮の近くだったらしい。延祜宮。靖嬪廟

霊位

  • 靖嬪李氏(1694-1721):英祖後宮。追尊の真宗(孝章世子)の生母。

歴史

  • 1721年(景宗元年)11月16日:靖嬪李氏死去。毒殺された。
  • 1725年(英祖1年):靖嬪李氏の子の李緈(真宗)が王世子となる。「靖嬪」と諡号を贈る。
  • 1728年:李緈(真宗)、早逝
  • 1776年:李緈(真宗)の子、靖嬪李氏の孫の正祖が即位。李緈を追尊国王とする。
  • 1778年(正祖2年):延祐宮を北部順化坊に創建。毓祥宮の近い場所という。
  • 1870年(高宗7年)1月2日:毓祥宮別廟に遷座。
  • 1896年(高宗33年):別廟の霊位を旧廟に戻す。?
  • 1908年(隆煕2年)7月23日:毓祥宮に合祀された。


[1]


  • 1929『延祜宮春秋分祭祝式』[2]
http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%BB%B6%E7%A5%90%E5%AE%AE」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール