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大真名子山
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
(版間での差分)
(ページの作成:「日光連山の一山。日光男体山の北側にある。標高は2375m。1851年(嘉永4年)、真精講の大川繁右衛門によって計画され、1863年(文...」) |
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日光連山の一山。日光[[男体山]]の北側にある。標高は2375m。1851年(嘉永4年)、真精講の大川繁右衛門によって計画され、1863年(文久3年)に神像が祭られて開山された。あわせて日光鉢石町に'''御嶽神社'''が創建された。登山道入口に'''八海山神像'''がある。登山口には[[巴講]]の'''弘徳霊神'''(中里守常)などの霊神碑も見られる。登山道中腹に'''三笠山神像'''がある。頂上には'''蔵王権現像'''がある。頂上には味耜高彦根命を祀る'''大真名子山神社'''もある。 | 日光連山の一山。日光[[男体山]]の北側にある。標高は2375m。1851年(嘉永4年)、真精講の大川繁右衛門によって計画され、1863年(文久3年)に神像が祭られて開山された。あわせて日光鉢石町に'''御嶽神社'''が創建された。登山道入口に'''八海山神像'''がある。登山口には[[巴講]]の'''弘徳霊神'''(中里守常)などの霊神碑も見られる。登山道中腹に'''三笠山神像'''がある。頂上には'''蔵王権現像'''がある。頂上には味耜高彦根命を祀る'''大真名子山神社'''もある。 | ||
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(『木曽のおんたけさん』142、『日光市史』)(『修験と神道のあいだ』91によると1863年(文久3年)に、巴講門人の中里務之助、大貫直正が開山。) | (『木曽のおんたけさん』142、『日光市史』)(『修験と神道のあいだ』91によると1863年(文久3年)に、巴講門人の中里務之助、大貫直正が開山。) | ||
(未見資料:「大真名子山記」) | (未見資料:「大真名子山記」) | ||
2011年7月8日 (金) 時点における版
日光連山の一山。日光男体山の北側にある。標高は2375m。1851年(嘉永4年)、真精講の大川繁右衛門によって計画され、1863年(文久3年)に神像が祭られて開山された。あわせて日光鉢石町に御嶽神社が創建された。登山道入口に八海山神像がある。登山口には巴講の弘徳霊神(中里守常)などの霊神碑も見られる。登山道中腹に三笠山神像がある。頂上には蔵王権現像がある。頂上には味耜高彦根命を祀る大真名子山神社もある。
(『木曽のおんたけさん』142、『日光市史』)(『修験と神道のあいだ』91によると1863年(文久3年)に、巴講門人の中里務之助、大貫直正が開山。) (未見資料:「大真名子山記」)