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大同
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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| - | '''大同'''は、中国山西省大同市にある都市。398年から494年まで北魏の最初の都の'''平城'''が置かれた。 | + | '''大同'''は、中国山西省大同市にある都市。398年から494年まで北魏の最初の都の'''平城'''が置かれた。[[洛陽]]へ遷都。 |
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*崇福寺:朔県。古建築として弥陀殿がある。 | *崇福寺:朔県。古建築として弥陀殿がある。 | ||
*永楽宮: | *永楽宮: | ||
| - | * | + | *永寧寺:466年、文成文明皇后(馮太后)が高祖の誕生時に創建。発掘調査。477年、2月と3月に行幸。 |
*皇舅寺:文成文明皇后の兄の馮熙が建てた。五重塔があった。 | *皇舅寺:文成文明皇后の兄の馮熙が建てた。五重塔があった。 | ||
| - | * | + | *建明寺:476年8月、高祖の詔で創建。10月行幸。 |
*報徳寺:480年創建。高祖が文成文明皇后の恩に報いるために建てた。 | *報徳寺:480年創建。高祖が文成文明皇后の恩に報いるために建てた。 | ||
*石浮図: | *石浮図: | ||
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*明堂:山西省大同市平城区永泰街道柳航里社区。491年建立。1995-1996年に発掘調査。直径は290m。中央には43m四方の版築基壇があり、東西南北に門があり、その周囲を円形の濠が囲む。 | *明堂:山西省大同市平城区永泰街道柳航里社区。491年建立。1995-1996年に発掘調査。直径は290m。中央には43m四方の版築基壇があり、東西南北に門があり、その周囲を円形の濠が囲む。 | ||
*方山:大同市新栄区。大同の北25kmにある。現在の西四児梁山、西寺児梁山。 | *方山:大同市新栄区。大同の北25kmにある。現在の西四児梁山、西寺児梁山。 | ||
| - | **[[思遠寺]] | + | **[[思遠寺]]:永固殿の西側にあったという。479年建立か。永固陵とセットの「陵寺」とみられ、高句麗の[[東明王陵]]と[[定陵寺]]のモデルになったとも。遺跡が発掘されている。思遠仏寺。思遠霊図。大同市博物館「大同北魏方山思遠仏寺遺址発掘報告」『文物』2007年第4期。 |
**永固陵:文成文明皇后(馮太后)の陵墓。基壇は東西124m、南北106m、高さ1m。本体の円形墳丘は直径90m、高さ22m。 | **永固陵:文成文明皇后(馮太后)の陵墓。基壇は東西124m、南北106m、高さ1m。本体の円形墳丘は直径90m、高さ22m。 | ||
| - | ** | + | **永固殿:永固陵と万年堂の南にある。永固石室。 |
**万年堂:孝文帝の寿陵。永固陵の北に隣接する。洛陽遷都により、この場所には葬られなかった。高さ13m。60m四方。「高祖陵」 | **万年堂:孝文帝の寿陵。永固陵の北に隣接する。洛陽遷都により、この場所には葬られなかった。高さ13m。60m四方。「高祖陵」 | ||
**霊泉殿: | **霊泉殿: | ||
2025年9月23日 (火) 時点における版
大同は、中国山西省大同市にある都市。398年から494年まで北魏の最初の都の平城が置かれた。洛陽へ遷都。
一覧
- 五段大寺:五級大寺。454年(興光1年)、太祖道武帝以下5人の皇帝の追善のために丈六釈迦立像5体を鋳造し「帝身像」と呼ばれた。存命の太武帝も含まれた。
- 広勝寺:元代壁画、金代刻版大蔵経が知られる。
- 仏宮寺:応県。古建築として釈迦塔が有名。
- 崇福寺:朔県。古建築として弥陀殿がある。
- 永楽宮:
- 永寧寺:466年、文成文明皇后(馮太后)が高祖の誕生時に創建。発掘調査。477年、2月と3月に行幸。
- 皇舅寺:文成文明皇后の兄の馮熙が建てた。五重塔があった。
- 建明寺:476年8月、高祖の詔で創建。10月行幸。
- 報徳寺:480年創建。高祖が文成文明皇后の恩に報いるために建てた。
- 石浮図:
- 祇園舎:宦官が太和年間に創建。青石造り。「神図妙塔」。
- 鹿野苑石窟寺:470年以前。
- 明堂:山西省大同市平城区永泰街道柳航里社区。491年建立。1995-1996年に発掘調査。直径は290m。中央には43m四方の版築基壇があり、東西南北に門があり、その周囲を円形の濠が囲む。
- 方山:大同市新栄区。大同の北25kmにある。現在の西四児梁山、西寺児梁山。