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イスラム教シーア派
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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| + | シーア派独自の聖地。 | ||
| + | *[[アリー廟]]:イラク共和国ナジャフ県ナジャフ地区ナジャフ中心区[[ナジャフ]]。シーア派初代イマームのアリーの墓廟。シーア派の最重要聖地の一つで巡礼地となっている。アリーは、クーファで刺殺されたが、遺体を穢されるのを怖れて、密かに別地に埋葬するように遺言したという。 | ||
| + | *[[フサイン廟]]:イラク共和国カルバラー県カルバラー地区カルバラー中心区[[カルバラー]]。シーア派第3代イマームのフサインの墓廟。シーア派の最重要聖地の一つで巡礼地となっている。イマーム・フセイン廟。フサイン・イブン・アリーはムハンマドの孫で、カルバラーの戦いで戦死した。遺体は別の地に移され、さらに頭骨のみカイロのフセインモスクに移されたという。 | ||
| + | *[[アッバース廟]]:イラク共和国カルバラー県カルバラー地区カルバラー中心区カルバラー。フサイン廟の近くにある。アッバース・イブン・アリーはフサインの異母弟で、フサインと共にカルバラーの戦いで戦死した。 | ||
| + | *[[四イマーム廟]]:サウジアラビア王国メディナ州メディナ市[[メディナ]]。[[ジャンナトゥルバキー墓地]]にあった。廃絶。2ハサン、4アリー・ザイヌルアービディーン、5ムハンマド・バーキル、6ジャアファル・サーディクの4人のシーア派イマームを葬る。スンニ派のワッハーブ運動により破壊された。 | ||
| + | *[[フセインモスク]]:エジプト共和国[[カイロ]]県。シーア派第3代イマームのフサインの頭蓋骨を葬る。 | ||
| + | *[[カージマインモスク]]:イラク共和国[[バグダッド]]近郊。7代イマームのムーサー・カーズィムの廟。 | ||
| + | *[[アスカリ廟]]:イラク共和国サーマッラー。10代イマームのアリー・ハーディーと11代イマームのハサン・アスカリーの廟 | ||
| + | *[[リダー廟]]:イラン共和国マシュハド。シーア派8代イマームのリダーの廟。 | ||
==宗派== | ==宗派== | ||
2026年3月18日 (水) 時点における版
シーア派は、アリーを開祖とするイスラム教の宗派。スンニ派と並ぶ二大宗派。
聖地
シーア派独自の聖地。
- アリー廟:イラク共和国ナジャフ県ナジャフ地区ナジャフ中心区ナジャフ。シーア派初代イマームのアリーの墓廟。シーア派の最重要聖地の一つで巡礼地となっている。アリーは、クーファで刺殺されたが、遺体を穢されるのを怖れて、密かに別地に埋葬するように遺言したという。
- フサイン廟:イラク共和国カルバラー県カルバラー地区カルバラー中心区カルバラー。シーア派第3代イマームのフサインの墓廟。シーア派の最重要聖地の一つで巡礼地となっている。イマーム・フセイン廟。フサイン・イブン・アリーはムハンマドの孫で、カルバラーの戦いで戦死した。遺体は別の地に移され、さらに頭骨のみカイロのフセインモスクに移されたという。
- アッバース廟:イラク共和国カルバラー県カルバラー地区カルバラー中心区カルバラー。フサイン廟の近くにある。アッバース・イブン・アリーはフサインの異母弟で、フサインと共にカルバラーの戦いで戦死した。
- 四イマーム廟:サウジアラビア王国メディナ州メディナ市メディナ。ジャンナトゥルバキー墓地にあった。廃絶。2ハサン、4アリー・ザイヌルアービディーン、5ムハンマド・バーキル、6ジャアファル・サーディクの4人のシーア派イマームを葬る。スンニ派のワッハーブ運動により破壊された。
- フセインモスク:エジプト共和国カイロ県。シーア派第3代イマームのフサインの頭蓋骨を葬る。
- カージマインモスク:イラク共和国バグダッド近郊。7代イマームのムーサー・カーズィムの廟。
- アスカリ廟:イラク共和国サーマッラー。10代イマームのアリー・ハーディーと11代イマームのハサン・アスカリーの廟
- リダー廟:イラン共和国マシュハド。シーア派8代イマームのリダーの廟。