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大阪護国神社
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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1939年に大阪府知事が奉賛会長となり創建計画が進められ、1940年5月4日に鎮座。府県ごとに護国神社が設置されていく時期にあたり、招魂社としては遅い時期の創建といえる。 | 1939年に大阪府知事が奉賛会長となり創建計画が進められ、1940年5月4日に鎮座。府県ごとに護国神社が設置されていく時期にあたり、招魂社としては遅い時期の創建といえる。 | ||
当初は仮社殿で、続いて本格的社殿を造営する予定だったが1945年の敗戦で難しくなった。 | 当初は仮社殿で、続いて本格的社殿を造営する予定だったが1945年の敗戦で難しくなった。 | ||
+ | 占領下では'''浪速宮'''と改称し、大阪の街を開いた祖として仁徳天皇を合祀した(仁徳天皇はのち奉安殿に遷座)。 | ||
1960年に造営奉賛会が設立され | 1960年に造営奉賛会が設立され | ||
1963年5月29日に現在の社殿が造営され、遷座祭が執行された。 | 1963年5月29日に現在の社殿が造営され、遷座祭が執行された。 | ||
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2020年2月8日 (土) 時点における版
大阪護国神社(おおさか・ごこくじんじゃ)は、大阪府大阪市住之江区にある、府内の戦没者などを祀る招魂社。内務大臣指定護国神社。 祭神は戦没者102254柱(『百年史』)。
目次 |
歴史
1939年に大阪府知事が奉賛会長となり創建計画が進められ、1940年5月4日に鎮座。府県ごとに護国神社が設置されていく時期にあたり、招魂社としては遅い時期の創建といえる。 当初は仮社殿で、続いて本格的社殿を造営する予定だったが1945年の敗戦で難しくなった。 占領下では浪速宮と改称し、大阪の街を開いた祖として仁徳天皇を合祀した(仁徳天皇はのち奉安殿に遷座)。 1960年に造営奉賛会が設立され 1963年5月29日に現在の社殿が造営され、遷座祭が執行された。
境内
- 本社
- 奉安殿:仁徳天皇と東郷平八郎を祀る。東郷平八郎がイギリスからの帰国の折に丹波丸船中で調髪した時の髪を奉安するという。
- 慰霊碑群:30基以上の慰霊碑が並ぶ。
組織
宮司・社司
- 戸波弁次()<-1941->:
- 柳沢寮
- 柳沢忠麿(?-2018)<?-2018>:2018/3/31死去。
- 南坊城充興()<2018->:2018/7/1就任。