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大同

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2025年9月24日 (水)

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大同は、中国山西省大同市にある都市。398年から494年まで北魏の最初の都の平城が置かれた。洛陽へ遷都。

一覧

  • 恒山
  • 雲崗石窟寺院
  • 大同・華厳寺上華厳寺下華厳寺に分かれる
  • 大同・文廟
  • 大道壇廟:北魏
  • 郊天壇:北魏の405年4月、天を西郊に祀り、方壇を築いた。年に一度祭祀を行ったという。494年3月まで続いた。
  • 円丘
  • 方沢
  • 静輪宮
  • 善化寺:大同市
  • 須弥山殿:398年創建
  • 耆闍崛山:398年創建
  • 紫宮寺:北魏の太和殿の東北にあった。
  • 五段大寺:五級大寺。454年(興光1年)、太祖道武帝以下5人の皇帝の追善のために丈六釈迦立像5体を鋳造し「帝身像」と呼ばれた。存命の太武帝も含まれた。
  • 広勝寺:元代壁画、金代刻版大蔵経が知られる。
  • 仏宮寺:応県。古建築として釈迦塔が有名。
  • 崇福寺:朔県。古建築として弥陀殿がある。
  • 永楽宮:
  • 永寧寺:466年、文成文明皇后(馮太后)が高祖の誕生時に創建。発掘調査。477年、2月と3月に行幸。洛陽にも同名寺院を建てた。
  • 皇舅寺:文成文明皇后の兄の馮熙が建てた。五重塔があった。
  • 建明寺:476年8月、高祖の詔で創建。10月行幸。
  • 報徳寺:480年創建。高祖が文成文明皇后の恩に報いるために建てた。洛陽にも同名寺院を建てた。
  • 石浮図:
  • 三重石塔:
  • 祇園舎:宦官が太和年間に創建。青石造り。「神図妙塔」。
  • 鹿野苑石窟寺:大同市平城区馬軍営街道小石子村。470年以前。1980年に発見され、1987年の調査で、鹿野苑石窟だと判断された。「鹿野苑石窟調査記」[1]
  • 明堂:山西省大同市平城区永泰街道柳航里社区。491年建立。1995-1996年に発掘調査。直径は290m。中央には43m四方の版築基壇があり、東西南北に門があり、その周囲を円形の濠が囲む。
  • 方山:大同市新栄区。大同の北25kmにある。現在の西四児梁山、西寺児梁山。
    • 思遠寺:永固殿の西側にあったという。479年建立か。永固陵とセットの「陵寺」とみられ、高句麗の東明王陵定陵寺のモデルになったとも。遺跡が発掘されている。思遠仏寺。思遠霊図。大同市博物館「大同北魏方山思遠仏寺遺址発掘報告」『文物』2007年第4期。
    • 永固陵:文成文明皇后(馮太后)の陵墓。基壇は東西124m、南北106m、高さ1m。本体の円形墳丘は直径90m、高さ22m。
    • 永固殿:永固陵と万年堂の南にある。永固石室。
    • 万年堂:孝文帝の寿陵。永固陵の北に隣接する。洛陽遷都により、この場所には葬られなかった。高さ13m。60m四方。「高祖陵」
    • 霊泉殿:
    • 白仏台遺跡
    • 草堂山遺跡
http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%A4%A7%E5%90%8C」より作成

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