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上野天神宮
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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上野天神宮(うえの・てんじんぐう)は三重県伊賀市上野東町にある天満信仰の神社。祭神は菅原道真など。県社。上野天神、菅原神社とも。
歴史
創建不詳。元は上野城の地にあった平楽寺の鎮守。1585年、筒井定次が伊賀に入り、「山の神」の地(現「丸の内」)に遷座。旧地は上野城南方の茅町だとも、恵比須町の山渓寺の地ともいう。 あるいは筒井定次が大和国菅原(菅原天満宮か)を分霊したともいう。
1611年、藤堂高虎の上野城整備で現在地に遷座。小天狗清蔵という修験者が勧進して、天満宮と九社権現の社殿を建てた。九社権現は東出(農人町)から遷座したという。天満宮は北の社殿、九社権現は南の社殿とされる。1660年、上野天神祭を復興。東御旅所と西御旅所がある。東御旅所は愛宕社の跡。西御旅所は蔵王堂で、伊賀・安倍神社が隣接。
別当として隅ノ坊・密乗院・威徳院・薬師寺があった。威徳院は平楽寺時代から別当。密乗院は1635年創建。4寺とも真言宗で、仁和寺末だった。神仏分離で3寺は廃絶となったが、薬師寺は1891年に伊予町に移った。1880年(明治13年)7月、県社(神道史大辞典)。
(『日本歴史地名大系』)