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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

中教院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

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明治政府は、大教宣布を進めるために東京に大教院を置き、各府県に中教院を置いた。各社寺を(申請に基づき)小教院とした。

長野県松本市の四柱神社のように中教院から神社になったところもある。


中教院一覧

  • 谷川穣『明治前期の教育・教化・仏教』122-131
  • 豊田武 昭和13『日本宗教制度史の研究』206-207
名称 宗派 比定地 比定地所在地 概要
東京府中教院(1) 紀州邸跡地 東京都千代田区紀尾井町 1873年(明治6年)2月5日設置許可。(谷川論文)
東京府中教院(2) 天台宗 浅草寺伝法院 東京都台東区浅草 1874年(明治7年)12月以前に移転願を東京府知事に提出。1875年(明治8年)2月23日移転開院。(谷川論文)
京都府中教院(1) 美濃郡上藩青山家邸 京都府京都市中京区通六角油小路西 1873年(明治6年)11月設置(谷川論文)。1874年(明治7年)3月設立(豊田論文、京都大事典)。1874年(明治7年)11月に建仁寺移転(谷川論文)。
京都府中教院(2) 臨済宗 建仁寺 京都府京都市東山区小松町 1874年(明治7年)11月美濃郡上藩青山家邸から移転(谷川論文)。
京都府教導職講究所(1) 天台宗 妙法院 京都府京都市東山区妙法院前側町 1873年(明治6年)2月12日、教導職講究所設置決定、2月23日大雲院に移転か。(谷川論文)
京都府教導職講究所(2) 浄土宗 大雲院 京都府京都市 1873年(明治6年)2月23日、妙法院から大雲院に移転か。(谷川論文)
大阪府中教院 (不詳) 谷川論文によると、1874年(明治7年)10月以前に設置。「大久保利通関係文書 328 大阪中教院設立ニ関スル景況及真宗分離ニ付嘆願書綴 1綴 」という史料があるらしい。
神奈川県中教院 曹洞宗 本覚寺 神奈川県横浜市神奈川区高島台 1873年(明治6年)10月19日、仮中教院設置願を県権令・参事に提出。1874年(明治7年)1月31日以前に本覚寺に設置。(谷川論文)
兵庫県中教院(1) 湊川神社 兵庫県神戸市中央区多聞通 1874年(明治7年)8月17日、開院。ただし許可を得ていなかったという(101)。9月21日許可書類が到着(106)。(『折田年秀日記』第一)三ヶ所の関係はよく分からない。
兵庫県中教院(2) 浄土宗 藤之寺 兵庫県神戸市兵庫区兵庫町 1874年(明治7年)8月、藤之寺に開設。(西宮市史)
兵庫県中教院(3) 天台宗 能福寺 兵庫県神戸市兵庫区北逆瀬川町1-39 谷川論文によると、1873年(明治6年)8月5日中教院設置願を教部大輔に提出。8月20日熟議要求につき差し戻し。10月8日再度設置願を大教院詰教正に提出。10月27日合議所設置伺を教部省に提出。11月7日合議所許可。1875年(明治8年)1月31日、中教院、天台宗・宝積山能福寺へ移転開院。3月17日、中教院神体遷座(130)。1875年(明治8年)5月30日、建物解体(145)。『折田年秀日記』第一より。
長崎県中教院(1) 真宗大谷派 光永寺 長崎県長崎市桶屋町 1873年(明治6年)2月22日設置願いを教部省出張官員に提出。3月20日設置願いを教部省に提出。4月13日許可。同年春に設置。(谷川論文)
九州諸宗取締所 (不詳) 1873年(明治6年)11月、大教院詰各宗管長へ「九州諸宗取締所」改称願。12月2日改称願いを教部省へ。12月4日ごろ不許可。12月8日六宗取締所への改称願いを教部省へ。(不許可か)(谷川論文)
長崎県中教院(2) 町年寄薬師寺家 長崎県長崎市諏訪町周辺 1874年(明治7年)2月16日設置願いを教部中録に。3月31日県令許可。4月25日設置願い教部省へ。5月2日許可。5月17日開講。(谷川論文)
長崎県中教院(3) (不詳) 長崎県長崎市万才町 1874年(明治7年)2月設立。(豊田論文)
新潟県中教院 新潟大神宮 新潟県新潟市中央区西大畑町 1874年(明治7年)9月11日開院。(谷川論文・豊田論文)
埼玉県中教院 氷川神社 埼玉県さいたま市大宮区高鼻町 1874年(明治7年)3月設置。(谷川論文)
足柄県中教院(1) 三島大社 静岡県三島市大宮町 1874年(明治7年)1月以前に仮設置したらしい。1874年(明治7年)1月に教部省宛に設置願を提出。2月14日に許可。しかし、同3月、小田原の説教所に合併。(谷川論文)
足柄県中教院(2) 天台宗 玉瀧坊 神奈川県小田原市本町 1874年(明治7年)1月17日、中教院仮事務所を設置。1月19日、大教院宛に中教院設置願を提出。29日、大教院から教部省に上申。3月、三島大社の教院を合併。4月15日説教開始。(谷川論文)
千葉県中教院 真言宗 霊応寺(廃絶) 千葉県市原市八幡 1873年(明治6年)10月24日、千葉県令に中教院設置願。同年10月31日、千葉県令より教部大輔へ設置上申。11月4日教部省許可、設置場所確定後に再び届け出ることを指示。12月13日千葉県令へ場所確定届。12月21日、真言宗霊応寺にて開院。霊応寺は飯香岡八幡宮の神宮寺。(谷川論文)
新治県中教院 大杉神社 茨城県稲敷市桜川町阿波 1873年(明治6年)10月21日以前に設置。(谷川論文)
茨城県中教院 偕楽園・好文亭 茨城県水戸市常磐町 1874年(明治7年)3月15日、常盤村公園(偕楽園?)内の好文亭に仮中教院を設置。6月17日開院。(谷川論文)
熊谷県中教院 浄土宗 久山寺 埼玉県熊谷市筑波野 1874年(明治7年)6月17日設置。『新編埼玉県史 資料編25 近代・現代7 教育・文化1』362pに「熊谷県中教院設立布達」(未見)。(谷川論文)
栃木県中教院 天台宗 連祥院 栃木県栃木市平井町 1873年(明治6年)10月15日、教部大輔に設置願を提出。1874年(明治7年)2月1日、太平山麓の連祥院(小林常丸邸、蓮乗院)に設立。大田原、宇都宮、鹿沼、足利に小教院を設けた。(1998『 いまいち市史』、『栃木市史』、谷川穣『明治前期の教育・教化・仏教』)
奈良県中教院(1) 紀州屋敷跡 奈良県奈良市中辻町? 1874年(明治7年)3月に紀州屋敷跡に仮中教院を設立(谷川論文)。
奈良県中教院(2) 法相宗 興福寺中金堂 奈良県奈良市登大路町 1874年(明治7年)5月興福寺中金堂を改称許可(?)。12月17日紀州屋敷跡から移転。(谷川論文)
堺県中教院(1) (不明) 1873年(明治6年)1月30日以前に仮中教院を開院。(谷川論文)
堺県中教院(2) 臨済宗大徳寺派 祥雲寺 大阪府堺市堺区大町東 1873年(明治6年)8月、教導職出張所を臨済宗大徳寺派・祥雲寺に設置。(谷川論文)
堺県中教院(3) (不明) 1873年(明治6年)10月22日以前に開院。(谷川論文)
三重県中教院 (不詳) 設置されたらしい(「教院概表」)。
度会県中教院 神宮教院 三重県伊勢市倭町 常明寺跡を敷地として1874年(明治7年)8月設置願を教部大輔に提出。9月24日許可。10月25日開院か。神宮教院が管轄した。(谷川論文)
愛知県中教院(1) 曹洞宗 大光院 愛知県名古屋市中区大須 1874年(明治7年)7月17日、曹洞宗・大光院に設置。(谷川論文)
愛知県中教院(2) 浄土宗西山派 極楽寺 愛知県名古屋市中区大須 大光院から1874年(明治7年)8月、浄土宗西山派・教報山極楽寺に移転。(谷川論文)
浜松県中教院 遠江・五社神社 静岡県浜松市中区利町 1874年(明治7年)8月19日設置許可。1875年(明治8年)2月16日五社神社内に中教院を開院。鎌田山医王寺(磐田市)に浜松県中教院の額が残されており、磐田市指定重要文化財となっている。(谷川論文、医王寺ウェブサイト)
静岡県中教院 静岡浅間神社 静岡県静岡市葵区宮ケ崎町 1873年(明治6年)11月10日開院。(谷川論文)
山梨県中教院 時宗 一蓮寺 山梨県甲府市太田町 1873年(明治6年)12月以降に設置願。1874年(明治7年)春に時宗・一蓮寺に開院。(谷川論文)
滋賀県中教院 日吉大社 滋賀県大津市坂本 1874年(明治7年)4月設置。日吉大社大宮司西川吉輔が管内取締となり、11月に開莚式。1875年(明治8年)に大教院制が廃止となると、中教院は日吉教会となる。(滋賀県神社誌、谷川論文)(武知正晃「近江のおける中教院設立運動」(『維新前後の平田派国学者の地域活動』)未見)
岐阜県中教院(1) 天台宗 美江寺 岐阜県岐阜市美江寺町 岐阜市の美江寺観音に仮中教院を設置。(岐阜県史、岐阜市史)
岐阜県中教院(2) 金華山 岐阜県岐阜市大宮町 岐阜公園か 谷川論文によると1874年(明治7年)12月23日設置願を県参事に提出。12月27日教部大輔に設置願提出。1875年(明治8年)1月10日設置許可。制度廃止後、1877年(明治10年)10月9日神道中教院設置。『明治百年と神道大教』によると美江寺に仮中教院を設置したあと、1875年(明治8年)春、神殿・拝殿・講堂を金華山の麓に建立した。当時の位置は不明。しかし、まもなく制度廃止により活動停止。のち神道事務局所属の中教院を設置。板垣退助がそこで遭難。
筑摩県中教院(1) 浄土宗 浄林寺跡 長野県松本市中央 1873年(明治6年)9月25日中教院設置願を県権令に提出。10月1日県の許可、10月28日浄土宗・浄林寺跡にて開院。浄林寺はその後復興。翌年2月、長松院跡に移転。(谷川論文、四柱神社ウェブサイト)
筑摩県中教院(2) 四柱神社 長野県松本市大手 1874年(明治7年)2月、宮村町長松院跡(廃仏毀釈で廃寺)に設立。四柱大神を祭る。その後、神道事務分局となる。1879年(明治12年)10月1日、現在地に四柱神社を創建。神道事務分局も隣接地に移転。1880年(明治13年)6月24日、明治天皇行幸。(谷川論文、四柱神社ウェブサイト)
長野県中教院(1) 天台宗 善光寺常智院 長野県長野市長野元善町 1873年(明治6年)9月中教院設置届けを提出するが、難航。12月15日合議所設置届けを提出。(谷川論文)
長野県中教院(2) 武井神社 長野県長野市長野東町 1874年(明治7年)7月17日中教院開院。(谷川論文)
宮城県中教院(1) (不詳) 宮城県仙台市青葉区国分町 合議所。1873年(明治6年)春設置。(谷川論文)
宮城県中教院(2) 天台宗 満願寺脇 宮城県仙台市青葉区本町 国分町から元寺小路(現・青葉区本町)に移転(宮城県神社庁誌)。1873年(明治6年)4月以前設置(改称?)7月22日開院。11月中教院設置届け(再編?)1874年(明治7年)夏開院。現在、満願寺の隣に宮城県神社庁がある。(谷川論文)
福島県中教院(1) 浄土宗 到岸寺 福島県福島市大町 合議所。1873年(明治6年)4月17日合議所設置届け。4月19日合議所設置。1873年(明治6年)9月20日中教院設置(移転改称?)(谷川論文)
福島県中教院(2) 曹洞宗 常光寺 福島県福島市清明町 1873年(明治6年)9月20日中教院設置(改称?)1874年(明治7年)6月28日以前に設置願いを提出。7月以降に開院。(谷川論文)
磐前県中教院(1) 曹洞宗 龍門寺 福島県いわき市平下荒川諏訪下 仮中教院。1873年(明治6年)11月18日設置願いを県権令。翌年4月18日設置再願を県権令。4月20日許可・教部省へ上申指令。4月22日教部大輔へ設置願。5月3日上申教部省へ。5月7日許可。龍門寺に開く。(谷川論文)
磐前県中教院(2) 子鍬倉神社 福島県いわき市平揚土 仮中教院。上記より移転?(谷川論文)
磐前県中教院(3) 飯野八幡神社 福島県いわき市平八幡小路 1874年(明治7年)9月2日移転願いを県権令。9月29日許可。ただし龍門寺も併用。飯野家文書に史料があるという。(谷川論文)
若松県中教院 伊佐須美神社 福島県大沼郡会津美里町宮林甲 1873年(明治6年)11月14日設置願を教部大輔に。12月10日設置届けを教部省へ。12月16日開院。(谷川論文)
水沢県中教院 (不明) 仮中教院。1873年(明治6年)10月2日設置願い県令に提出か。1874年(明治7年)3月以前に開院。(谷川論文)
岩手県中教院 浄土宗 大泉寺 岩手県盛岡市本町通 1873年(明治6年)8月設置願を教部省へ。9月16日設置。浄土宗大泉寺。(谷川論文)
青森県中教院(1) 真宗本願寺派 蓮心寺 青森県青森市本町 1873年(明治6年)10月1日設置届けを教部省に提出。11月4日再度とどけ教部省へ。12月22日許可されるが設置はされなかった。(谷川論文)
青森県中教院(2) 曹洞宗 常光寺 青森県青森市本町 1874年(明治7年)6月7日設置届けを県権令。6月11日教部大輔に設置届け。6月16日開院。7月4日許可。真宗は参加しなかった。(谷川論文)
山形県中教院 真言宗 宝幢寺山形県山形市地蔵町 1873年(明治6年)6月13日設置届け。8月11日中教院改称設置願を大教院・県参事へ。8月22日上申。8月24日許可(豊田論文では9月設立)。1874年(明治7年)1月5日宝幢寺跡の佐伯菅雄宅に設置。(谷川論文)
置賜県中教院(1) 上杉神社 山形県米沢市丸の内 仮中教院。1873年(明治6年)8月設置伺いを大教院に提出。9月10日設置伺いを教部大輔に提出。9月25日設置伺いを教部省に提出。10月5日許可。1874年(明治7年)12月27日金蔵寺への移転届けを教部大輔に提出。(谷川論文)(未見『教導雑録』[1]
置賜県中教院(2) 真言宗 金蔵寺 山形県米沢市 仮中教院。1874年(明治7年)12月27日、上杉神社から金蔵寺への移転届けを教部大輔に提出。(谷川論文)
酒田県中教院 (不詳) 山形県酒田市南新町 神宮教会を経て酒田招魂社となる。(『酒田市年表』、『出羽三山の神仏分離』)
秋田県中教院 浄土真宗 勧学舎 秋田県秋田市旭北寺町 1874年(明治7年)1月10日、設置許可。3月17日開院。(谷川論文)
敦賀県中教院 (不詳) 存在はしていたらしい
石川県中教院 尾山神社 石川県金沢市尾山町 1874年(明治7年)4月6日中教院事務所設置、5月1日開院(谷川論文)。事務所を現在の尾山神社摂社金谷神社の位置に建設。元大聖寺藩主前田利〓が少教正、加藤里衡が助講。拝殿を講堂とした。神職・僧侶間の対立が激しく、翌年制度廃止にともないまもなく取り払われた(『尾山神社史』)。
新川県中教院 勝興寺支坊跡 富山県富山市中央通 1873年(明治6年)に設立(富山市郷土博物館ウェブサイト)。谷川論文によると1873年(明治6年)11月6日開院。現在近くに中教院という祠がある。
柏崎県中教院 (不詳) 1873年(明治6年)12月設立。豊田論文に「高田国幣社」とあるが不詳。
相川県中教院(1) 真宗大谷派 広永寺 新潟県佐渡市相川羽田町 1873年(明治6年)7月設立(豊田論文)。あるいは1873年(明治6年)10月以前に設置伺いを教部大輔へ。候補寺院の移転先が難航。10月設置場所献納伺いを県参事。10月27日28日設置伺いを教部大輔。11月17日許可。1874年(明治7年)6月15日開院。(「氏子調べと中教院」『佐渡相川の歴史. 通史編 近・現代』未見、「相川県中教院の開設と「政教一致」」伊東祐之著『政治社会史論叢』、1988新潟県史未見)
相川県中教院(2) 浄土宗 広源寺 新潟県佐渡市相川一町目裏町 「あいかわ幼稚園」が跡地だという。広源寺旧地。
豊岡県中教院 (不詳) 兵庫県豊岡市出石町 1874年(明治7年)6月設立。(豊田論文)
(鳥取県中教院) 設置されず?
島根県中教院(1) (不明) 1873年(明治6年)6月22日設置伺を教部大輔。7月12日許可。「教院」設置。(谷川論文)
島根県中教院(2) 出雲大社 島根県出雲市大社町杵築東 1873年(明治6年)10月19日設置伺を教部大輔少輔。11月5日教部省へ上申。11月12日許可。11月15日設置。仮中教院。(谷川論文)
島根県中教院(3) (不明) 島根県松江市天神町 1875年(明治8年)3月16日移転。3月23日移転届けを教部大輔に提出。(谷川論文)
浜田県中教院 (不詳) 存在はしていたらしい(島根県近代教育史)
飾磨県中教院(1) 真宗大谷派 本徳寺 兵庫県姫路市地内町 1873年(明治6年)10月12日教部省に設置伺。10月27日教部省に設置伺上申。11月7日許可。真宗大谷派・本徳寺に仮・中教院設置。(谷川論文)
飾磨県中教院(2) 海神社 兵庫県神戸市垂水区宮本町 1873年(明治6年)7月、仮中教院設立。11月正式に設立。(豊田論文)
北条県中教院 高野山真言宗 愛染寺 岡山県津山市西寺町 1873年(明治6年)2月、仮中教院を愛染寺に設置。1873年(明治6年)9月9日設置願いを大教院七宗管長に提出。10月9日同上。10月19日神官僧侶合議のうえ再提出を指令。1873年(明治6年)12月3日、合議所設置願いを京部省。12月19日上申。11月22日設置場所決定後再出願を指令。その後紆余曲折を経て、1874年(明治7年)9月19日設置願いを教部大輔。9月27日中教院設置。(谷川論文)
岡山県中教院 臨済宗妙心寺派 国清寺 岡山県岡山市小橋町 1874年(明治7年)2月以前に講究所が設置されたことがあるが場所は不明。1874年(明治7年)2月設置願いを県参事に提出。3月7日県の許可。3月31日設置上申を教部大輔へ。4月5日許可。(谷川論文)
小田県中教院 曹洞宗 威徳寺? 岡山県笠岡市笠岡 1873年(明治6年)2月、「教院」開院。11月に中教院と改称。(谷川論文)
広島県中教院(1) 浄土宗 誓願寺 広島県広島市西区三滝本町 1873年(明治6年)8月開院。(谷川論文)
広島県中教院(2) 白神社 広島県広島市中区中町 白神社に移転。移転時期不詳。(谷川論文)
山口県中教院 八坂神社 山口県山口市上堅小 1873年(明治6年)12月改称設置願を教部省。翌年2月2日に許可。
和歌山県中教院 臨済宗妙心寺派 禅林寺 和歌山県和歌山市鷹匠町 1874年(明治7年)12月7日、仮中教院として臨済宗妙心寺派・禅林寺に開院。(谷川論文)
名東県中教院 真言宗 持明院 徳島県徳島市眉山町佐古山町諏訪山 1874年(明治7年)4月設置願を教部大輔に提出。5月18日再び提出。5月19日許可。6月16日持明院で祭典式。(谷川論文)
名東県中教支院(1) 真言宗 浄願寺 香川県高松市 中教支院。1875年(明治8年)1月19日大教院より支院設置願提出指令。2月設置願いを教部大輔に提出。3月25日許可。谷川によると浄願寺は真言宗とあるが、浄土宗の誤りか。浄土宗浄願寺は戦後市内で移転している。(谷川論文)
名東県中教支院(2) 臨済宗妙心寺派 江国寺 兵庫県洲本市栄町 (谷川論文では上記と同一欄に記載されている)
愛媛県中教院(1) 阿沼美神社 愛媛県松山市味酒町 仮中教院。1873年(明治6年)10月設置願いを派遣教導職に提出。10月18日設置願を県参事へ。10月30日に教部省に設置願。12月20日教部省に上申。12月28日設置場所確定後再出願を指示。阿沼美神社が教院、大林寺が講究所。(谷川論文、豊田論文)
愛媛県中教院(2) 浄土宗 大林寺 愛媛県松山市味酒町 講究所。上記参照、。
(高知県中教院) 設置されず? (高知市寿町3-6の中教院は、1875年(明治8年)に設立されたもので、いわゆる大教院時代の中教院には当たらないと思われる。『明治百年と神道大教』より。)
(福岡県中教院) (不詳) 福岡県 合議所が設置されたらしい(「教院概表」)。
三潴県中教院(1) 素盞烏神社 福岡県久留米市篠山町 1873年(明治6年)8月設置願いを教部省に提出。8月25日設置願いを再び提出。9月24日許可。1874年(明治7年)6月以降に設置(谷川論文)。豊田論文には1874年(明治7年)5月設立とある。1875年(明治8年)高良大社に移転。(谷川論文)
三潴県中教院(2) 高良大社 福岡県久留米市御井町 1875年(明治8年)素盞烏神社から移転。(谷川論文)
小倉県中教院 (不詳) 福岡県 存在はしていたらしい(国学院大学日本文化?究所報)
大分県中教院 臨済宗妙心寺派 江雲寺 大分県大分市奥田田中 1874年(明治7年)1月以前に設置願いを提出したがこの時は西寒多神社への設置を検討していた。しかし、1874年(明治7年)1月9日の願書では大分市王子町の良福寺跡を候補地とする。5月になり荷揚町浄安寺で「中教院事務」を行う旨を提出。10月1日には江雲寺で中教院開莚式を開催。10月9日から12日まで江雲寺内に鳥居・神殿・神座が設けられ開講行事祭典が行われた。(長野浩典 「大分県中教院の成立と国民強化運動の展開」『大分県地方史172』未見[2]
佐賀県中教院 (不詳) 佐賀県 設置されたらしい(「教院概表」)。
白川県中教院 (不詳) 熊本県 設置されたらしい(「教院概表」)。
宮崎県中教院(1) 浄土宗 西満寺 宮崎県宮崎市上野町 仮中教院。1873年(明治6年)12月14日設置願いを県参事に提出。12月17日教部省に設置願い。翌年2月3日教部大輔に上申。2月5日許可。豊田論文にも1874年(明治7年)2月設立とある。(谷川論文)
宮崎県中教院(2) (不詳) 宮崎県宮崎市中村 1874年(明治7年)9月3日設置。(谷川論文)
鹿児島県中教院 松原神社 鹿児島県鹿児島市松原町 1874年(明治7年)3月28日中教院設置を県許可。翌日設置願いを教部大輔に。5月4日許可。11月12日開院。(谷川論文)
函館中教院 真宗本願寺派 本願寺函館別院(願乗寺) 北海道函館市東川町 谷川論文によると1873年(明治6年)2月5日設置願を教部省。2月18日許可。5月初旬開院。『北海道と宗敎人』によると代島剛平が設立。
札幌中教院(1) 北海道神宮 北海道札幌市中央区宮ヶ丘 1873年(明治6年)6月30日仮中教院設置願。12月中教院設置願い。翌年1月許可。(谷川論文)
札幌中教院(2) 真宗大谷派 真宗大谷派札幌別院 北海道札幌市中央区南7条西 上記参照。
(琉球藩中教院) 設置されず? 不詳
女教院 東京都台東区下谷 1873年(明治6年)6月25日、姉小路邸を仮女教院として開校。渡辺重石丸の教えを受けた跡見花蹊が主導したとみられる。1874年(明治7年)5月23日、下谷に土地を得て改めて万里小路良子を斎主に、跡見を祓主に開校祭典を執行。1875年(明治8年)1月31日、跡見辞任。同年11月には跡見は跡見女学校を開校しているが祭典では八意思兼神を祀り、女生徒が神饌奉仕したという。地方にも女教院が設けられたという。(小平美香「国民教化政策と女教院 : 復古と開化をめぐって」[3]
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