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仁和寺真光院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2020年10月4日 (日)

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仁和寺真光院は京都の仁和寺にあった真言宗寺院。京都府京都市右京区常盤古御所町付近か。覚瑜が創建。1210年(承元4年)以降か。応仁の乱から正保の復興まで仁和寺の本坊だった。鎌倉時代、大伝法院を兼務した。覚鑁の法具や自筆聖教を所蔵していた。1317年(文保1年)5月26日全焼。古図によると御堂があった。仁和寺関連旧跡

組織

歴代院主

  • 1覚瑜(1186-?):仁和寺別当成海の子。成海は藤原成隆の子。大伝法院座主11世・13世。没年不詳。
  • 2教禅(1192-?):仁和寺別当成海の子。大伝法院座主19世。覚禅とも。没年は1263年(弘長3年)とも1280年(弘安3年)とも。
  • (経瑜)():歴代には数えられていないが真光院法印と号す。教禅の弟子で、禅助の師。
  • 3禅助(1247-1330):中院通成の子。東寺長者。東寺座主。仁和寺別当。神護寺別当。大伝法院座主20世・22世・28世。法務。後宇多法皇の灌頂の師。1330年(元徳2年)死去。
  • 4成助():中院通重の子。仁和寺別当。東寺長者。法務。大伝法院座主世30世。
  • 5禅守(1333-?):花町宮邦省親王の王子。中院通冬の猶子。東寺長者。
  • 6禅信(1400-1467):洞院実信の子。東寺長者。法務。1467年(応仁1年)死去。68歳。
  • 7守鑁(1416-1483):中院通守の子。仁和寺成就院を兼務。東寺長者。1483年(文明15年)死去。68歳。
  • 8尊海(1472-1543):東久世通博の子。石山寺座主。土佐金剛福寺住職。1543年(天文12年)土佐で死去。72歳。
  • 9禅海(1567-1598):中山孝親の子。石山寺座主。1598年(慶長3年)死去。32歳。
  • 10寛海(1602-1629):大炊御門頼国の子。石山寺座主。1629年(寛永6年)死去。28歳。
  • 11覚恵(1604-?):大覚寺大勝院興福寺東北院興福寺修南院を経て仁和寺真光院に入る。石山寺座主。没年不詳。
  • 12聖助():大炊御門頼兼の子。石山寺座主。
  • 13演海():千種有能の子。
http://shinden.boo.jp/wiki/%E4%BB%81%E5%92%8C%E5%AF%BA%E7%9C%9F%E5%85%89%E9%99%A2」より作成

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