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台州・龍興寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
台州・龍興寺
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'''台州龍興寺'''は、中華人民共和国浙江省台州市臨海市にある寺院。諸国[[龍興寺]]の一つ。臨海城の巾子山の西麓にある。804年9月から805年5月まで入唐した[[最澄]]がそのほとんどを過ごした場所。 ==歴史== 唐の神龍元年(705)に建てられ始めた。初名は中興寺。 会昌5年(845)、「会昌の廃仏」で廃絶。大中年間(847-860)に復興。 乾道9年(1173)の火災で焼失。徳光と有権が再建した。明の洪武年間(1368-1398)に漸〓、永楽6年(1408)に惜法が復興。隆慶2年(1568)に水害で被災。明国という僧が再建。清の咸豊11年(1861)焼失。光緒17年(1891)に僧瓏が再建。日中戦争で日本軍の空爆で焼失。1999年、臨海市人民政府が再建。 (「龍興寺で仏法を学んだ最澄」[http://jp.lhtzfc.com/historyList_celebrity/detail/b026777749414b7e90c22ad89127b1ba]より) ===名称変遷=== *神龍元年(705):中興寺 *景龍元年(707):龍興寺 *開元26年(738):開元寺([[台州・開元寺]]は別寺院とも) *天宝3年(744):龍興寺 *大中年間(847-860):開元寺 *景徳年間(1003-1007):景徳寺 *崇寧2年(1103):万寿寺 *政和元年(1111):天寧寺 *紹興7年(1137):広孝寺 *紹興15年(1145):報恩光孝寺 *元代:天寧寺 *1999年頃:龍興寺 ===日本の入唐僧=== *最澄(767-822):804年9月26日、最澄は台州に到着。龍興寺にたまたま訪れていた道邃の講義を聴き、天台止観法門を学ぶ。その後、天台山に赴くが、11月5日、台州に戻り、龍興寺に入る。12月、最澄は義真と共に梵網戒を受ける。 *円載(?-877):838年入唐。龍興寺に訪問。約40年間、唐に滞在。帰国途中に遭難死。 *[[円珍]](814-891):853年入唐。858年帰国。龍興寺(この時は開元寺。[[台州・開元寺]]は別寺院とも)に滞在。 *[[奝然]](938-1016):983年入宋。到着後まもなく龍興寺(当時は開元寺)を訪問し、その後2度立ち寄った。987年帰国。 *成尋(1011-1081):1072年入宋。8月に龍興寺(当時は景徳寺)を訪問。宋で死去。 [[category:中華人民共和国浙江省]]
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