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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

土佐・要法寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

2020年9月27日 (日) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
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要法寺(ようぼうじ)は高知県高知市筆山町(土佐国土佐郡)にある日蓮宗寺院。長浜時代からの山内家の菩提寺の一つ。位牌殿があった。山号は神力山。

歴史

文亀年間、近江国長浜(滋賀県長浜市)に日仁が久遠寺の末寺として創建。 のち長浜城主となった山内一豊が要法寺を菩提寺とした。 一豊が遠江国掛川(静岡県掛川市)に移封となると、1590年、要法寺も掛川に随従。 さらに土佐入国で吾川郡浦戸城に移転。高知城築城で城下町の下町に移った。

寛永初年に本堂を造営。伽藍を整備していった。 1687年火災で焼失。1688年、現在地が替地として与えられ再建された。 1692年、客殿と共に位牌殿を造営し、山内家歴代を祀った。 1706年、常法華堂を建立。 (『日本歴史地名大系』)

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