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大宅寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年7月20日 (土)
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'''大宅寺'''(おおやけでら)は大和国添上郡(奈良県奈良市山町)にあった[[古代寺院]]。難波皇子([[敏達天皇]]皇子)が創建したという(菅家本『諸寺縁起集』)。大宅氏の氏寺という説がある。御霊神社境内の'''塔の宮廃寺'''('''塔ノ宮廃寺''')に比定されている。白鳳時代から鎌倉時代までの瓦が出土している。 | '''大宅寺'''(おおやけでら)は大和国添上郡(奈良県奈良市山町)にあった[[古代寺院]]。難波皇子([[敏達天皇]]皇子)が創建したという(菅家本『諸寺縁起集』)。大宅氏の氏寺という説がある。御霊神社境内の'''塔の宮廃寺'''('''塔ノ宮廃寺''')に比定されている。白鳳時代から鎌倉時代までの瓦が出土している。 | ||
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2019年7月20日 (土) 時点における最新版
大宅寺(おおやけでら)は大和国添上郡(奈良県奈良市山町)にあった古代寺院。難波皇子(敏達天皇皇子)が創建したという(菅家本『諸寺縁起集』)。大宅氏の氏寺という説がある。御霊神社境内の塔の宮廃寺(塔ノ宮廃寺)に比定されている。白鳳時代から鎌倉時代までの瓦が出土している。 (『日本歴史地名大系』)