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大山祇神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年5月24日 (月)

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大山祇神社
おおやまつみ じんじゃ
Ooyamatsumi-jinja (35).jpg
概要 三島神社の総本社の一つ。
奉斎 大山積神
(土岐昌訓論文)
所在地 愛媛県今治市大三島町宮浦3327
所在地(旧国郡) 伊予国越智郡
所属(現在) 神社本庁
格式など 式内社名神大社正二位伊予国一宮国幣大社別表神社
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目次

概要

大山祇神社(おおやまつみ・じんじゃ)は、愛媛県今治市の大三島にある伊予三島信仰の総本社。海の神、航海の神、山の神。四国本島の今治市街に別宮大山祇神社がある。大山祇神社関連旧跡も参照。和多志大神三島大明神大三島宮

歴史

境内

組織

前近代、神職の長官を「大祝」と呼び、越智国造末裔の越智氏が世襲。大祝家、三島家と名乗った。

大祝

  • 越智玉澄()<>:奈良時代の人物。国造。
  • 越智安元()<>:越智玉澄の次男。初代大祝。越智家(三島家)の祖。
  • 越智安親()<>:
  • 越智安時()<>:
  • 越智安俊(生没年不詳)<>:越智安時の子。1301年在職。
  • 越智安顕()<>:1337年在職。
  • 27越智安通()<1437-1450>:
  • 35越智安任()<>:1577年在職。
  • 38越智安朗()<>:1675年在職。
  • 三島安躬()<>:三島家と称す。
  • 三島安敬()<>:文化年間在職

宮司

  • 木村信兢(1809-1877)<>:松山出身の国学者。1809年(文化6年)生。本業は豪商。京都で香川景樹に師事。1877年(明治10年)8月21日死去。68歳。著書『藤古呂毛』『直目霊』『道廼技折』『七ケ条鏡草』『身滌規制』『唯一弁』『幽府神祭略』『道一言』[1]『藤衣』[2]など。「木村信競」とも。
  • 三輪田元綱(1828-1879)<>:香椎宮宮司。
  • 水野忠広()<1876->:1876年(明治9年)11月、大山祇神社宮司。
  • 祝儀麿(生没年不詳)<1903->:広田神社賀茂御祖神社宮司を歴任。
  • 三島敦雄()<-1923->:
  • 三島安久()<>:
  • 三島喜徳()<>:2018年(平成30年)1月19日死去。80歳。

画像

参考文献

  • 土岐昌訓 平成7「旧官国幣社と延喜式内社」『神社史の研究』

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E7%A5%87%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

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