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大応寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2022年2月2日 (水)

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西門
江戸時代の境内(左下)(『都名所図会』より)

大応寺(だいおうじ)は京都府京都市上京区扇町にある臨済宗寺院。本尊は釈迦如来後花園天皇火葬塚が隣接する。臨済宗相国寺派。山号は金剛山。

1645年(正保2年)、興聖寺の虚応円耳(1559-1619)が西悲田院の跡地に創建。ただし1637年(寛永14年)の洛中絵図に大応寺と西悲田院が隣接して描かれているという。虚応円耳の死去は1619年(元和5年)であり1645年(正保2年)には死んでいる。

当初は延暦寺に属し、天台真言の兼学だったという。1788年(天明8年)の火災で焼失。再建。 (日本歴史地名大系)

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