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宗廟
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2023年8月15日 (火)
宗廟は、中国歴代王朝で、帝王の祖先を合祀した祠廟。皇帝・諸侯から庶民まで家廟を設けたが、皇帝のものを太廟を呼び、諸侯のものを宗廟といった。首都の皇宮の左側(向かって右側。東側)に設置された。過去の王朝の皇室を祀った宗廟を設ける場合もあった。中国式の祭祀を導入した、朝鮮、琉球、ベトナムなど東アジア各国でも置かれたが、日本には導入されなかった。日本では伊勢神宮と石清水八幡宮が二所宗廟と呼ばれたが、本来の意味での宗廟とは異なる語法である。
神御殿も参照。
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関連
資料
中国歴代帝王の陵墓霊廟#資料も参照。
- 聶寧2010「中国上古三代「朝」空間沿革考」[1]
- 聶寧2019『秦漢時代「朝」空間研究』[2]
- 聶寧2020「後漢洛陽崇徳殿所在の再検討 : 「朝」空間という新視点からの探索」[3]
- 「前漢祖宗廟制度の研究」[4]
- 「侍祠 ―景帝の諸侯王政策の一端」[5]
- 「光武帝期の宗廟制と政治」[6]
- 「『詩経』宗廟攷」[7]
- 「北宋の廟議: 宗廟における神主配置」[8]
- 「近世琉球の先王廟と宗廟における昭穆観念」[9]
- 「宗廟における李王職雅楽部の活動」
- 「梁代における 『神滅論』 批判と宗廟祭祀改革」[10]
- 金子修一「魏晋より隋唐に至る郊祀・宗廟の制度について」[11]
- 金子修一「中国古代における皇帝祭祀の一考察」[12]
- 金子修一『中国古代皇帝祭祀の研究』
- 金子修一『古代中国と皇帝祭祀』
- 金子修一「唐代皇帝祭祀の親祭と有司攝事」[13]
- 金子修一「唐後半期の郊廟親祭について: 唐代における皇帝の郊廟親祭」[14]
- 「古代廟建築についての一考察」[15]
- 「明堂略史」[16]
- 「高麗時代宗廟の建築形式研究」
- 「天子諸侯の宗廟祭祀と四時との概念」
- 「曹魏明帝期の皇帝宗廟制」
- 「前漢の宗廟制-七廟制の成立を中心にして」
- 「漢代の宗廟制について」
- 「梁代初期における梁武帝の仏教思想: 宗廟祭祀改革の思想的背景」
- 「漢初高祖功臣位次考: 前漢前半期における宗廟制度の展開と高祖功臣列侯の推移」[17]
- 1939『支那満蒙の建築』「宮室宗廟等」[18]
- 『千古祭廟:歷代帝王廟與臣廟名』
- 前村佳幸2020「唐宋太廟祭祀の変容―禘祭と祫祭」[19]