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屋島神社
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
屋島神社
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'''屋島神社'''(やしま・じんじゃ)は香川県高松市屋島中町(讃岐国山田郡)にある[[東照宮]]。祭神は[[徳川家康]]。相殿に松平頼重を祀る。屋島の南麓にある。[[県社]]。'''屋島東照宮'''、'''高松東照宮'''、'''讃岐東照宮'''ともいう。江戸時代は単に'''御宮'''と呼ばれ、明治の一時期は'''冠岳神社'''と称した。屋島の周辺には[[屋島寺]]や[[讃岐・安徳天皇社]]がある。 ==歴史== *1642年(寛永19年):松平頼重([[水戸徳川家]]初代徳川頼房の長男)が高松藩12万石に封じられる。[[高松松平家]]が成立。この時、[[天海]]筆の徳川家康御影を授与され、[[天台宗]][[克軍寺]]に奉安した(『高松藩記』「襄公事蹟」) *1644年(正保1年):克軍寺に山王社を創建。徳川家康を祀る。(克軍寺ウェブサイト) *1651年(慶安4年):松平頼重が克軍寺の本堂などを再建。[[徳川将軍家]]歴代の位牌を納めた。(克軍寺ウェブサイト) *1804年(文化1年):藩主8代松平頼儀が東照宮創建を幕府に申請し許可される。 *1814年(文化11年):着工。 *1815年(文化12年)4月:遷座祭。14万両を費やし、[[日光東照宮]]を模した豪華絢爛な社殿を造営した。御宮と呼ばれた。 *1871年(明治4年)8月:'''冠岳神社'''と改称(讃岐高松名勝図絵[https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1053035/33]) *1874年(明治7年)9月15日:屋島神社と改称し、県社列格(屋島神社碑) *1882年(明治15年)9月15日:松平頼重を合祀(讃岐高松名勝図絵) *明治22年9月:「屋島神社碑」建立[https://dl.ndl.go.jp/pid/1684817/1/307] *昭和4年:屋島ロープウェイ開通。 *1907年(明治40年)3月:神饌幣帛料供進神社に指定(讃岐高松名勝図絵) *1973年(昭和48年)2月12日:焼失[https://dl.ndl.go.jp/pid/13197342/1/332]。 *1974年(昭和49年):再建。 (『日本歴史地名大系』) 1940『木田郡誌』[https://dl.ndl.go.jp/pid/1684817/1/305]。 [[category:香川県]]
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