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常陸向山・常福寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
常陸向山・常福寺
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'''常福寺'''(じょうふくじ)は茨城県那珂市額田南郷にあった[[水戸徳川家]]ゆかりの[[浄土宗]]の旧[[浄土宗の檀林寺院|檀林寺院]]。現在の那珂市立第二中学校の地。1708年から1864年頃まで[[関東十八檀林]]の[[瓜連常福寺]]はここにあった。'''浄鑑院'''と号す。'''向山常福寺'''。山号は常照山。 ==歴史== 水戸で没した[[徳川家康]]五男の武田信吉の菩提寺として、慶長8年その院号を取って浄鑑院を現在の水戸市天王町に創建。 寺領100石。1677年、向山に移転。1708年、瓜連常福寺をまるごと浄鑑院に移して常照山浄鑑院常福寺と称したらしい。 檀林寺院として数百人の僧侶が学んでいた。 歴代藩主が[[徳川家瑞龍山墓地|瑞龍山]]墓参の途中などに参拝。 瓜連常福寺に「浄鑑院境内絵図」が残り、広大な伽藍があったことが分かる。 山門、仏殿、法堂、大方丈、客殿、鎮守社、弁財天、水戸徳川家位牌所などがあった。 [[徳川斉昭]]の廃仏政策で廃寺となり、檀林常福寺は瓜連に戻された(諸説あり)。のち復興するが幕末の兵乱で焼失し、廃絶した。 (『日本歴史地名大系』、『広報なか2019年9月号』ほか) [[category:茨城県]]
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