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弥彦神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年10月30日 (土)

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弥彦神社
いやひこ じんじゃ
Yahiko-jinja 006.jpg弥彦山
概要 弥彦山の神を奉斎する神社。
奉斎 天香山命
(土岐昌訓論文)
所在地 新潟県西蒲原郡弥彦村弥彦2868
所在地(旧国郡) 越後国蒲原郡
所属(現在) 神社本庁
格式など 式内社名神大社越後国一宮朱印地拝領神社国幣中社別表神社
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目次

概要

弥彦神社(いやひこ・じんじゃ)は、新潟県西蒲原郡弥彦村にある弥彦山の神を祭る神社。

歴史

境内

組織

宮司

  • 小池内広(1832-1877)<1873-1874>:1832年(天保3年)生。1868年(明治1年)、松田秀次郎らによる方義隊を支援。1869年(明治2年)5月、平田家に入門。7月、越後府から社寺取調掛に任命される。新潟県庁に勤務。1872年(明治5年)5月20日、弥彦神社権宮司。22日権中講義。1873年(明治6年)3月15日弥彦神社宮司兼権大講義。6月、大教院講究掛・編輯掛。12月19日、大講義。1874年(明治7年)1月20日から5月17日まで神宮禰宜。7月24日、青海神社祠官。9月18日、新潟県中教院講究課長。12月4日、新潟県から越後国延喜式内並国史現在神社取調掛に任命。1875年(明治8年)新潟県神道事務局副長。1877年(明治10年)1月13日死去。46歳。墓所は上条西光寺山。著書『越後国式内神社考』『青海神社考』など多数。『小池内広翁伝』[1]
  • 3室孝次郎(1839-1903)<1875-1876>:政治家・官僚。越後国高田出身。1839年(天保10年)生。1866年(慶応2年)上京。1868年(明治1年)戊辰戦争に北陸軍の御用掛として従軍。1870年(明治3年)高田藩聴訴掛。1875年(明治8年)10月から1876年(明治9年)6月まで弥彦神社宮司兼中講義。1878年(明治11年)第八大区長。1881年(明治14年)、下野して頸城自由党を組織。1888年(明治21年)政友同盟会を設立して会長となる。1890年(明治23年)衆議院議員。1896年(明治29年)進歩党頸城支部長。1897年(明治30年)愛媛県知事。1903年(明治36年)6月21日死去。
  • 5滋野七郎(1835-1886)<1877-1886>:志士。元僧侶。越後国糸魚川出身。1835年(天保6年)生。得度して恵白と称す。1853年(嘉永6年)糸魚川の持命院住職。1868年(明治1年)戊辰戦争に草莽の志士として参加。大村益次郎暗殺犯を匿ったという疑いで投獄。1872年(明治5年)青海神社祠官。1875年(明治8年)10月、弥彦神社禰宜。同年12月権宮司。1877年(明治10年)12月弥彦神社宮司。1886年(明治19年)3月死去。52歳。墓所は神保山。
  • 6安食助宣(?-1892)<1886-1892>:尾張国の味鋺神社社家の出身。1869年(明治2年)尾張藩から領内神社改訂掛に任命。1873年(明治6年)権少講義。1876年(明治9年)小国神社権宮司、同年小国神社宮司。1883年(明治16年)皇典講究所理事。1886年(明治19年)4月6日、弥彦神社宮司。1892年(明治25年)10月4日死去(官報)。
  • 7松田秀次郎(1831-1896)<1892->:志士。越後国蒲原郡の庄屋の息子。1831年(天保2年)生。1868年(明治1年)、方義隊を結成し、戊辰戦争で新政府軍に参加。1892年(明治25年)弥彦神社宮司。1896年(明治29年)8月30日死去。65歳。著書『弥彦神社考』[2]。松田義昌とも。
  • 8江見清風(1868-1939)<1896-1900>:1896年(明治29年)9月19日から1900年(明治33年)10月15日まで弥彦神社宮司。江見千代松。(略歴は、春日大社#組織を参照)
  • 高松四郎(1875-1955)<1901-1921>:1901年(明治34年)10月7日から1921年(大正10年)12月28日まで弥彦神社宮司。(略歴は、朝鮮神宮#組織を参照)
  • 副島知一(1874-1959)<1921-1924>:1921年(大正10年)12月28日から1924年(大正13年)7月31日まで弥彦神社宮司。(略歴は、石清水八幡宮#組織を参照)
  • 斎藤英夫(1883-1975)<1924-1931>:1924年(大正13年)から1931年(昭和6年)まで弥彦神社宮司。(略歴は日枝神社#組織を参照)
  • 15高原美忠(1892-1989)<1936-1938>:1936年(昭和11年)から1938年(昭和13年)まで弥彦神社宮司。(略歴は、函館八幡宮#組織を参照)
  • 16富岡要太郎(?-1956)<-1946>:神宮皇学館卒。湊川神社を経て敢国神社宮司。出雲大社権宮司。弥彦神社宮司。1946年(昭和21年)9月17日、大鳥神社宮司。1956年(昭和31年)2月25日死去。73歳。
  • 17高橋章允(?-1963)<1946-1956>:1905年(明治38年)神宮皇学館本科卒。1927年(昭和2年)神宮神部署神部補。1933年(昭和8年)5月27日、枚聞神社宮司。 1936年(昭和11年)尾山神社宮司。1939年(昭和14年)藤崎八旛宮宮司。1942年(昭和17年)大鳥神社宮司。1946年(昭和21年)9月17日から1956年(昭和31年)1月20日まで弥彦神社宮司。1963年(昭和38年)12月31日死去。75歳。新潟県神社庁長。
  • 18野上正篤(?-1967)<1956-1967>:島根県出身。1912年(大正1年)神宮皇学館本科卒。1930年(昭和5年)伊勢神宮に奉職。神宮権禰宜。1956年(昭和31年)1月31日、弥彦神社宮司。1967年(昭和42年)10月24日死去。80歳。
  • 19庄本光政(1907-1998)<1968-1983>:鳥取県出身。1907年(明治40年)生。1932年(昭和7年)神宮皇学館第二部卒。同年、岩木山神社主典。1935年(昭和10年)吉林神社初代神職。1940年(昭和15年)満州国祭祀府奉祀官佐。1942年(昭和17年)満州国祭祀府奉祀官。1946年(昭和21年)愛知県神社庁参事。1949年(昭和24年)神社本庁に勤務。1951年(昭和26年)神社本庁教学部長。「敬神生活の綱領」案文を策定。1968年(昭和43年)1月30日から1983年(昭和58年)まで弥彦神社宮司。1997年(平成9年)9月10日死去。90歳。
  • 20熊野季文(1913-1998)<1983-1995>:1913年(大正2年)生。1937年(昭和12年)国学院大学卒。安房神社主典、千葉県祭務官補、美保神社禰宜、宗像大社禰宜、櫛田神社禰宜を経て1956年(昭和31年)4月6日、弥彦神社権宮司。1983年(昭和58年)から1995年(平成7年)12月14日まで弥彦神社宮司。1998年(平成10年)11月9日死去。85歳。
  • 21大森利憲(1938-)<1996-2004>:石川県鳳至郡穴水町出身。1938年(昭和13年)生。国学院大学卒。函館八幡宮高津宮に奉職。神社新報記者を経て1975年(昭和50年)神社本庁に入り、渉外部長、神道政治連盟事務局長を歴任。1985年(昭和60年)弥彦神社権宮司。1996年(平成8年)7月1日から2004年(平成16年)7月14日まで弥彦神社宮司。
  • 22永田忠興(1940-)<2005-2017>:千葉県出身。1940年(昭和15年)生。1963年(昭和38年)国学院大学卒。1964年(昭和39年)掌典職出仕。1970年(昭和45年)掌典補。1989年(平成1年)陵墓監補。1990年(平成2年)多摩陵墓監区事務所副所長。1996年(平成8年)弥彦神社権宮司。2005年(平成17年)7月1日から2017年(平成29年)8月15日まで弥彦神社宮司。
  • 23渡部吉信(1957-)<2018->:新潟県阿賀町出身。1957年(昭和32年)生。白山比咩神社に奉仕し、1987年(昭和62年)に弥彦神社に奉職。2017年(平成29年)権宮司。宮司代務者を経て2018年(平成30年)11月1日、弥彦神社宮司。

権宮司

  • 田村弥平(1825-1886)<1873-1874>:越後国糸魚川出身。1825年(文政8年)生。初名は池原弥右衛門。独学で国学を学び、糸魚川の尊皇攘夷論の先駆けとなる。1868年(明治1年)戊辰戦争に従軍。1870年(明治3年)東京大学校に出仕。筑波神社、香取神社を経て1873年(明治6年)7月、弥彦神社権宮司兼中講義。1年で退任(宮司は就任してない?)。皇典講究分所長。1885年(明治18年)少教正。1886年(明治19年)3月死去。墓所は神保山。
  • 鈴木彦雄()<1947->:神宮皇学館卒。1920年(大正9年)弥彦神社主典。1947年(昭和22年)弥彦神社権宮司。
  • 藤井秀嗣()<>:
  • 金子清郎()<>:

画像

参考文献

  • 土岐昌訓 平成7「旧官国幣社と延喜式内社」『神社史の研究』

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%BC%A5%E5%BD%A6%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

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