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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

慈光寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

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慈光寺(じこうじ)は、埼玉県比企郡ときがわ町にある観音信仰天台宗寺院。坂東三十三所観音霊場の第9番札所。本尊は十一面千手千眼観世音菩薩。近隣の安楽寺正法寺とともに比企三山と呼ばれる。天台宗延暦寺派修験の寺でもあった。古代の天台別院都幾山慈光寺。(参考:同名寺院慈光寺_(同名)


白鳳時代、慈光が慈訓に千手観音を刻ませて祀ったのが始まりという。のち役行者が西蔵坊を建立。さらに鑑真弟子の道忠が丈六釈迦像を刻み、初代住職となった。円仁が立ち寄ったという伝説もある。貞観年間(859-877)には「天台別院一乗法華院」と称し、のち源頼朝が奥州征伐に際し、愛染明王を奉安し戦勝祈願した。近世には桂昌院の帰依を受けた。(『古寺名刹大辞典』)

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